巨大なロボットに搭乗し、思いのままに操縦できたら――。そんな憧れを叶える搭乗操作型ロボット「アーカックス(ARCHAX)」がついに誕生。このアーカックスを製作したのが、2021年に創業したツバメインダストリ株式会社です。大型機械設計など各分野に精通する9名が集い、約2年の期間をかけて完成させました。発案はCEO吉田 龍央さん、開発をリードしたのは「動くガンダム」に携わったCTO石井 啓範さん。お二人にその開発経緯や今後の展望や未来地図を伺いました(画像は取材班撮影 Ⓒツバメインダストリ)。
夢をカタチに。情熱が開いた可能性の扉
―まず、搭乗型ロボットであるアーカックスの概要について教えてください。
吉田 アーカックスは、全高4.5m、重量3.5tある人型の搭乗操作型ロボットです。胴体のハッチを開けて人が乗り込み、レバーで手足を操縦する、まさにアニメや映画で目にした光景を実際に体験することができます。日本の多様なモノづくり技術が結集しているのも大きな特徴です。
例えば、鉄製のフレームやレバーなどの操作系は建設機械、モーター周りやコントローラーは産業ロボット、サスペンションや足回り部品は産業車両、バッテリーはEV(電動車両)用の部品を使っています。また、各種の機械安全規格に基づいて設計しているため、“乗り物”としての安全性もしっかり検討しています。
2023年6月にプロトタイプが完成し、9月に5台限定で国内先行販売を開始しました。価格は1年間の保守メンテナンスを含んで4億円です。高いと思われる方がほとんどだと思いますが、アーカックスを操作する特別な“体験”には、それだけの価値があると考えています。超高級スーパーカー市場があるように、搭乗操作型ロボットの市場が今後生まれることを期待しています。こうした流れを足掛かりに、将来的には建築、解体、荷役などの重作業いった現場での活躍にもつなげていきたいと考えています。
―アーカックス製作のきっかけは?
吉田 きっかけとしては「新しい乗り物をつくってみたい」という思いからでした。ただ、自動車や重機といった既存の枠組みでそれを目指すと、似たようなものしかできません。
そこで考えたのが、アニメや機械、自動車という日本が世界に誇る分野の要素を備えたロボットであるアーカックスです。現在の弊社のメンバーでもあるロボット好きな友人2人と一緒に、「いつか実現できたら面白いよね」と2019年頃から構想を温めていました。
当時、私は筋電義手を製作する会社ALTs(アルツ)を起業したばかりの頃でした。国内には手や腕に障がいを抱え、義手を必要する方々が数万人弱程度いるとされますが、「動いて使える義手」である筋電義手の普及率は数%。この解決を図りたいと考えて起業しました。
その頃合いでしたので、このプロジェクトは趣味程度に走らせていました。2021年に資金調達の目途がつき、想いをカタチにすべく本格始動しました。
―プロジェクトメンバーはどのように募ったのでしょう?
吉田 X(旧Twitter)にCGで作成したデザインをアップし、参加してくれる仲間を募集しました。思った以上に興味を示す人は多く、50名近くの応募がありました。不足する技術面をカバーしてくれる方は大前提ですが、一番の選考基準は「アーカックスの製作に夢と希望を持ってくれる」という点。Xの募集と人づての紹介でメンバーが揃い、2021年8月にツバメインダストリを設立しました。実は、CTOの石井さんもXからの応募でプロジェクトに入ってもらいました。石井さんはこの業界では有名人なので、DMをもらった時に一同本当にびっくりしたのを覚えています。
―石井さんはどのような思いで参加されたのですか?
石井 私はバリバリの『ガンダム』世代で、昔から『ガンダム』が大好きでした。「いつか搭乗型ロボットの開発をしたい」との夢を持って、重機メーカーの日立建機に入社し、その後横浜で公開されている高さ18mの「動くガンダム」プロジェクトにテクニカルディレクターとして携わりました。その公開を迎えて一段落した頃に、メンバー募集の投稿を見かけたんです。「実物大の『ガンダム』を動かすことができたので、次は人が乗れるロボットをつくりたい!」と気持ちを新たにしていたタイミングでした。夢を叶えるチャンスだと思い、プロジェクトに参加したいとDMを送りました。
ただ、正直に言えば簡単な計画ではないと考えていました。大型機械、まして人が搭乗する前提での設計や仕様面の制約が多くあるため、搭乗型ロボット開発には多くの知識が必要となります。吉田は「搭乗型ロボットをつくりたい!」と話すのですが、「そんなに簡単なことではないよ……」って。
とは言いつつも、突拍子もないことを言い出す人がいなければ何も始まりません。「動くガンダム」も「動かしてみよう」と言う人がいなければ、絶対に実現しませんでした。私は20年以上エンジニア経験を積んできて、新しい機械システムを形にすることが得意だと自負しています。さらに重機メーカーや動くガンダムの経験を得て、4m超サイズの搭乗型ロボットをどうつくるかというイメージもありました。実際にプロジェクトに参加してからは、メンバーの想いを尊重しながら、地道に1つずつ課題を解決していきました。
プロジェクトチームの一人一人の想いが各部に詰まっている
―開発の要はどういったポイントですか?
石井 一番大事にしていたのは、ずばり格好良さです(笑)。その上で、ちゃんと乗って動かせる人型のロボットであること。デザイン性と機能性の両立はすごく難しいんです。デザインを意識し過ぎると、格好良いけどあまり動かない。逆に機能面を意識し過ぎると、ちゃんと動くけれどデザインがあまり格好良くない。両者の最適なバランスを目指して、格好良さと機械的に実現可能な着地点をデザイナーと探りながら設計しました。
また、アーカックスの手は人間と同じく5本の指があります。 仕事をさせるための機械なら、指の本数も見た目もこだわらなくていいと思いますが、アーカックスはエンタメ・ホビージャンルのロボットです。なので、見る人を圧倒する人型の見た目やデザイン性、質感が大切です。こうした部分にはデザイナーを含めたチーム全体として、一切の妥協はありません。
―ツバメインダストリのメンバーはロボット好きが多いと伺いました。開発は楽しそうですね!
石井 プロトタイプが形になってからは、アーカックスを動かすたびに「格好良いなぁ!」と思う毎日です。でも、全貌が見えない開発段階では楽しさよりも「ちゃんと動くのか?」との心配の方が常でした。設計上は上手くいくはずでも、実際に動かしてみないとわからない。動作試験の時は毎回、テストの結果を返される感覚です。まずは“1mm”単位で正常に動かすことができるのか、異音はしないか――。何度も経験していますが、今までにない新しい機械の開発なので、組立と動作テストは常に緊張の連続でした。
ただ、コックピットが完成した瞬間はみんなで本当に盛り上がりました。外装には9台のカメラが付いていて、コックピット内の4枚のモニターにその映像が映し出されます。コックピットの操縦席に座って、初めてモニターの電源を入れた瞬間は「おお~!」と感動しましたね。密閉されたコックピットで大きなモニターに囲まれ、これこそが追い求めていた搭乗型ロボットの世界観だと感じました。
― 一番大変だったのはどんなことですか?
吉田 プロジェクトメンバー9名の多くが、多忙な中で開発に臨んでいます。私も別会社の代表を務めていますし、石井も動くガンダムの仕事をしています。 そのためメンバーが揃うタイミングも限られますし、スケジューリングが難しかったです。これから実績を重ねられれば、今後は開発に専念できるメンバーを増やせると思います。
石井 スケジュール面では、新型コロナの影響でいくつかの部品(モーターやケーブルなど)が手に入らない時期があり大変でした。私はこの仕事を長年やっていますが、取引先から「納期不明です」と伝えられたのは初めてで予想もしていませんでした。当初は2022年の年末までにプロトタイプの完成を目指していましたが、2023年の6月に完成となったのはそういった事情もありました。
―「ジャパンモビリティショー2023」にも出展されました。反響はいかがでしたか?
吉田 前段階の搬入が大変でしたね(笑)。展示は東京ビッグサイトの4階でしたので、クレーンで20mほど吊り上げて搬入しました。事前打ち合わせで技術的に問題がなくとも、3t以上もあるロボットを宙に浮かせるのは初めてで、不安でした。結果的には、デモではたくさんの方々がスマホを向けて撮影してくれて大盛況でした。
そして、大人よりも圧倒的に子どもに人気で、2時間くらいかぶりつきで見ている子もいました。モビリティショーが終わってから、子どもたちから応援の手紙がすでに10通くらい届いています。「かっこいいです」というメッセージや、手描きのアーカックスのイラストなどが入っていて本当にうれしかった。メンバーのモチベーションにもつながっています。
―今後のアーカックスの進化も楽しみですね。
吉田 今は乗って動かして楽しむロボットですが、2027年までに複数台で擬似戦闘ができるロボットに進化させます。要はサバゲーのロボット版です。リアルなフィールドでリアルなロボットを操縦しながら戦いますが、物理的な接触がない撃ち合いはあくまでデジタルの世界。ゲームの画面上で弾が出て、レーザーでどこに当たったのかを判定し、もし脚に当たっていたら走る速度が遅くなるイメージです。ゲーム性を持たせるには、地面に落ちているアイテムを拾うなど、今よりも複雑な動きが求められます。実現に向けて、新たな技術も開発していく必要があると考えています。
石井 「レバーを動かせば腕が動く」というインターフェースの部分も、改善予定です。将来的には自分が手足を動かせば同じ動きをロボットがするように、自分の体そのものが大きくなったような感覚で動かすことができれば、より「人型」の意味も出てくると考えています。
未来地図を一歩ずつ、確かに描いていく
―アーカックスを起点に、お二人が今後叶えていきたいことは?
石井 日本の製造業が発展していくためにも、次世代の機械系エンジニアが増えてほしいですね。今は世界各国で生成AIなどの技術開発が進んでいますが、ソフトの分野だけで日本が抜きんでるのは簡単ではありません。日本が今まで持っているハード、つまり「モノづくり」の技術を生かして、ソフトとどうマッチさせていくかが今後のカギだと思っています。デジタル技術と違い、ハードはノウハウの塊なので他国はそう簡単にまねできません。まずは次世代を担う子どもたちにモノづくりへの興味を持ってもらうのがスタートラインになりますが、その対象がアーカックスであればいいなと思っています。
吉田 ツバメインダストリとしては、アーカックスで培った技術を基に、災害現場などで働くロボットを製作していきたいです。重機を何台も持ち込むことができない場所でも、1台あれば複数作業が可能なマルチパーパスのロボットを想定しています。ただ、アーカックスが求められる場は他にあるかもしれないですし、そこを探るのは今後の課題です。
石井 今はまだ、どこで何に役立つか分からない。これはまさにロマンなんです。しかし、ライト兄弟だって飛行機をつくったのは「空を飛びたいから」で、ジャンボジェットで人を運ぶところまでは想定していなかったはず。僕たちはフィクションの世界にしかなかった「搭乗操作型ロボット」に憧れて、自分たちでつくってみたくて完成させることができた。これが“0から1になった”とすると、何十年か先に1から100になった姿はどうなっているのか。災害現場ではなく、宇宙で探索活動をしている可能性だってあります。アーカックスが“想像を超える何か”を成し遂げることを考えると、まだまだ開発のしがいがありますね。
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