あっちにもこっちにも、食べ物の容器、空き缶、たばこの吸い殻。以前の豊洲駅周辺は、お世辞にもきれいな街とはいえない風景が広がっていました。“私たちが暮らす街をきれいにしたい”という、シンプルで切実な思いから始まったのが「とよす4丁目花だんの会」です。発起人は、豊洲で4人の子育てに奮闘中の吉原由美さん。
トヨスの人第8回は、「とよす4丁目花だんの会」の吉原由美さんにインタビュー。会の活動を2日に渡って密着。毎日のゴミ拾いと水やり、月に一度の定例活動、どちらも地域の人たちが生き生きと活動している様子が伝わってきました。
吉原 「とよす4丁目花だんの会」がスタートしたのは、2020年の1月です。今年は2回目の夏なので、少しは学んだかな。去年は苗をダンゴムシに食い荒らされたことがあったので、今年は注意して見てきました。そういえば、4丁目公園のケヤキの周りに植えたポーチュラカ。元気なのに、花がほとんどないんですよ。どうも、公園にいるハトが食べちゃうみたいで。去年も皆でそんな話をしていたのに、また同じ場所に植えちゃって「ああ、そういえばハトが・・・・・・」なんて、また言ってます。都道沿いの植え込みでは、朝顔のツルは伸びて繁っているのに花が咲かないんです。街路灯のせいで夜暗くならないのが原因じゃないかな、と思っています。毎日見ていると、素人でも花のことがちょっとずつわかってくるんですね。ひまわりは、元気に咲きました。このひまわりは、東日本大震災で被害を受けた宮城県石巻市のひまわりです。津波の被害が大きかった沿岸のがれきの中で、たまたま流れ着いた種が花を咲かせて多くの人を元気づけたことから、「ど根性ひまわり」って呼ばれたひまわりです。そのひまわりの種を翌年に植えて花を咲かせてまたその種を採って、を繰り返して、今年私たちの仲間が縁あって10世の種をいただきました。今年豊洲に咲いたのは、11世目のひまわりです。
結婚を機に豊洲で暮らして、16年になります。7年前から、豊洲駅前の商店街「豊洲商友会協同組合」の事務局で働いています。実は、街中にゴミがあふれていることがずっと気になっていたんです。特に都道沿いのサツキの植え込みには、食べ物の容器やペットボトルがいつも投げ込まれてあって、1つゴミ袋があれば、あとはもうすぐに増えていくんですよ。商店街の人も、玄関マットの埃をそこでバタバタはたいたりして、植え込みがもうごみ置き場みたいな認識になっていたんですよね。ネズミの巣や死がいも出てきました。商店街の取り組みとして、店舗ごとにフラワーポットを設置して、店の方と地域の幼稚園の子どもたちに花を植えてもらったこともありました。ただ管理ができなくなって花や木が枯れちゃうと、そこにゴミが投げ込まれてかえって汚くなってしまうんですね。吐瀉物が入っていたことも。
商友会では、2014年から「豊洲みつばちプロジェクト」として駅前ビルの屋上にミツバチの巣を置いてはちみつを採取しているんですけど、実はある時メールが届いたんですよ。豊洲のハチは、あちこちに落ちているゴミや空き缶のジュースも吸っているんじゃないか、って内容でした。そんなイメージを持たれてしまうのか、と本当に残念でした。ただ、それだけゴミが多いってことですよね。
2019年に、NHK「趣味の園芸」の取材で豊洲を特集する話がきて、私も参加することになったんです。「コミュニティガーデン」の存在を知ったのも、その時です。豊洲には「パークシティ豊洲ガーデン」や「豊洲シーサイドガーデン」「豊洲セントラルガーデン」というように、2丁目、3丁目の住民同士が集まって園芸クラブの活動をしています。4丁目のゴミの話をすると、花を植えるのがいいって提案されて、それじゃあ、と「とよす4丁目花だんの会」を立ち上げることにしました。私がやるしかないな、と思いました。商友会の事務をしていて商店街の皆さんとつながりもあったし、うちの4人の子どもたちは中学生、小学生、保育園児なので、そういう関係でも呼びかけられるかな、と思って。ただ、都道の植え込みを勝手に花壇にするわけにはいかないんですね。いろいろな申請や手続きが必要です。土や苗を買うために、予算を申請する必要があるし、そもそもどこで何を買えばいいの? そういうことを全部、コミュニティガーデンやこの地域で園芸をやっている皆さんに教えてもらいました。
2020年は、東京オリンピック&パラリンピックの年でした。豊洲の商店街はオリンピック会場から一番近い商店街なので、きれいな街でおもてなしをしたいね、って皆で活動をしていました。ところが、まさかの延期、さらにまさかの無観客開催になってしまって残念でした。
もう1つ、これは個人的なことなんですけど、うちの一番下の子は、生まれてすぐに純型肺動脈閉鎖症という先天性心疾患がわかって大きな手術をしたんです。産後、私は世田谷区にある病院に毎日通いました。息子が集中治療室にいる時は、庭を見ながらよくコンビニで買ったお弁当を食べていたんです。庭には、ボランティアの人たちが管理していた花壇があって、花を見ていると励まされているような気がしたんですよ。初めての経験でした。愛情を注いで手入れをしている人の姿が想像できて、自分も頑張らなきゃって思えたんです。それまでの私は、仕事と子育てに忙しくて、道端に咲いている花を見る余裕さえなかったんですよね。今、おかげさまで下の子はすごく元気です。あの時、江東区の子ども医療費助成制度を利用できたことも含めて、助けてもらったなあとずっと感じていて、社会に恩返しをしなくちゃ、みたいな気持ちが私の中にあるんですよね。
毎日のゴミ拾いと花の水やりが、主な活動です。特別な知識も技術も必要ないから、誰でも気軽に参加できます。ゴミ拾いだけなら、ほんの30分ほど。それに加えて、冬場は週に1~2回、夏場は毎日水やりをしています。月に1度、第一土曜日を定例活動日にして、その日はイベント的にゴミ拾いや花の苗を植えたりするんです。終わった後は、子どもたちにお菓子を用意したりして、ちょっとしたお楽しみも。イベントがあることで、この活動を知ってもらえるかな、と思って。夏休み中は、小学生の子たちも来てくれてびしょびしょに濡れるのを面白がりながら水やりを手伝ってくれています。
豊洲は、ほとんどの住民がマンション暮らしなんですよね。2丁目や3丁目は、大きなマンションが建った時に皆が一斉に住み始めたので、コミュニティーが作りやすいんです。4丁目は、ちょっと違います。もともとあった都営団地や商店街の住民と、新しく建ったマンションの住民が共存している場所なんです。私たちの花だんの会は、人と人がつながれる貴重な場になっているんじゃないかな、と思うんです。
実は、私も最初は1人でゴミ拾いをするのは恥ずかしかったんですよ。いい人ぶってる気がしてしまって。でも、会の立ち上げからのメンバーの高橋健一郎さんは、以前からずっと1人で4丁目公園のゴミを黙々と拾っていたんです。あの姿を見たら、私でもやれると思って。高橋さんは花にも詳しいので、いろいろ教わっています。同じく初期からのメンバーで第一団地自治会長の西岡誠さんも、団地の一角におもちゃを展示するコーナーを作ったりして、ゴミを捨てにくい地域にするために行動してきた方です。モノづくりが得意なので、花壇の周りの柵やオーナメントは西岡さん作なんですよ。もともと個人でボランティアをやってきた方が仲間になってくれたので、本当に頼もしいですよ。
花だんの会を立ち上げて、街はきれいになりました。たぶん、明らかに地域の住民だとわかる私たちがゴミを拾ったり花を育てている姿を目にすると、ゴミを捨てにくくなるんじゃないかな。大事なのは、毎日やることです。花壇が荒れたり、ゴミが1つでも置きっぱなしになっていると、あっという間にポイ捨てされるゴミって増えるんですよ。
小さいお子さんを連れた人たちが参加して、土いじりを楽しんでくれるのもうれしいです。皆さんマンション住まいなので、なかなか土に触れる機会がないんですよね。自分で植えたり水をやることで、住んでいる街に対して意識が向くと思うんです。それに、1度でも参加した子どもは、ゴミを捨てる人にはならないんじゃないかな、とも思います。
私、これまでバレーボールをやったりフラダンスを習ったりしてきたんですけど、今はゴミ拾いと園芸が何より楽しくて。ただ実際毎日となると、ちょっと面倒だな、って日もあるんですけどね。天気予報を見て、明日雨ってわかると、ちょっとほっとしたりして。でも、地域の人たちと一緒になって街をきれいにするのって気持ちいいんですよ。皆で楽しくやっています。仲間がいるから、続いているんです。
【トヨスの人のグッとポイント】
8月の第一土曜日の定例活動はゴミ拾い。午前9時半に4丁目公園のケヤキの木の下に集合した後、公園や都道の花壇まわりを歩きました。ゴミ拾い後は「豊洲こども食堂」より、メロンクリームソーダの差し入れが。
写真:阿部了 文:阿部直美
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