新型コロナウイルス感染症の影響で日常が大きく変化する中、「pay it forward(恩送り)」を掲げたITプラットフォームがじわりと社会に浸透しています。感謝の気持ちを食事として誰かにギフトする事ができるサービス「ごちめし」。食事代をお店に先払いする事でお店を支援できるサービス「さきめし」。2019年に手探りで始めたサービスには、今や16,000店舗が登録しています。そして、「ごちめし」のプラットフォームを活用し、今年の2月に立ち上げたのが、ニューノーマル時代にマッチした社食サービスである「びずめし」です。第一線で活躍する音楽プロデューサーでありながらIT会社も経営するGigi株式会社代表取締役の今井了介さんに、サービスが生まれた背景や目指したい将来像について伺いました。
震災で無力を感じたからこそ決意したIT会社の起業
―現役の音楽プロデューサーがIT企業の経営者になるのは非常に珍しいと思うのですが、なぜIT会社の起業をするに至ったのか背景について教えてください。
音楽の仕事でいうと、レコード会社やテレビ局、広告代理店といったクライアントからご依頼をいただいて曲を作るのですが、作品として曲が聞かれる時は10万人、100万人、1億人というリスナーさんがその先にいらっしゃるんですね。そういう意味では音楽とは人の気持ちをつないでいくものなんです。まず目の前の人(クライアント)、そしてその先にいる人たち(リスナー)両方が喜んでくれるものをどうやったら作れるんだろうという思いが、私のモノづくりの根底にあります。
例えば、安室奈美恵さんの引退コンサートや、TEEの「ベイビー・アイラブユー」など、アーティストを通して自分が紡いだメロディーで大勢の人たちが泣いたり笑ったり、歌ったり踊ったりしてくれました。このように大勢の人たちと一緒に感動を共有できることがモノづくりの原動力になっているなと思います。
IT会社を起業した大きなきっかけは、10年前の東日本大震災で、音楽家としての無力さを痛感したことです。音楽を通じて誰かを元気づけたいと思いましたが、衣食住がままならない現実を抱えている方々にとって音楽は二の次だなと実感して、衣食住にまつわるサービスを始めたいと思うようになりました。特に食はダイレクトに人が元気になれるのかなと。ただ私がいきなりレストランをオープンするのもなにか違う、お店に来られる人だけではなくて、もっと大勢の人に届くものがしたい。その在り方がとても音楽的だと思ったのです。となると新しいプラットフォームを作って、ハッピーになる人の輪が増えていく仕組みを作ろう!そうして生まれたのが「ごちめし」というサービスでした。
もともとは北海道・帯広のレストランの「結 (ゆい)」が地元向けにされていた「ゴチメシ」サービスが原点です。そのお店の記事を私がたまたま読みまして、読んだ瞬間にネットでやりたいと思ったんです。ITを使えば距離も関係なく、遠くにいる人にもタイムリーにお祝いとして食事を送れるでしょう。それで「結 (ゆい)」に直接お話しを伺いに行って、アプリ化にいたりました。
手数料はごちそうする人持ち、こだわった「三方よし」の精神
―2019年10月に「ごちめし」を開始して以降、「さきめし」「びずめし」と新しいサービスを始められていますが、どういう仕組みなのでしょうか?
3つのサービスとも飲食店への先払いで、食事チケットを発券できる仕組みだと思っていただくのが分かりやすいと思います。まず、「ごちめし」は個人から個人へ感謝を表すギフトとして送るものです。「あの時の仕事ありがとう」などお礼をしたい相手に対して、自分のお薦めの飲食店の食事をごちそうする事ができます。「さきめし」は個人から飲食店へエールを込めて。「びずめし」は企業から社員へ福利厚生の目的で。3つのサービスとも飲食店とのつなぎ込みをする仕組みは同じ、お店から手数料はいただかず、ごちそうするユーザーから手数料10%をいただく仕組みです。
フードテックと呼ばれるサービスってユーザー側は無料で、お店が手数料を支払うモデルが当たり前になっていますが、私はずっとそれに疑問を抱いていました。タクシー送迎での配車代は配車を頼んだユーザーが支払う事に違和感を抱く人はいないのに、なぜ飲食業界はそうではないのかなと。ユーザーからの手数料も低く抑えているのですが、それは取り分が少なくても喜んでくれる人が多ければ、協業の輪が生まれる感覚があるからです。ごちそうした1人の善意で、ごちそうされた人、お店、3者全員が嬉しい「三方よし」のサービスでありたいと考えています。
―登録店舗数も順調に伸びています。昨年の緊急事態宣言が発令された後に加速度的に増えているようですが。
いくらお店から手数料をとらないと言っても店舗開拓は大きな課題で、2019年10月のサービス開始当初はどうなるかなと思っていました。2カ月ほどかけて300店舗くらいになったころ、新型コロナの問題が起きました。せっかくお店から手数料をとらない先払いのビジネスモデルがあるんだから、「ごちめし」に次いで、飲食店支援という形で自分の愛すべきお店を応援して守っていこうというサービス「さきめし」を2020年3月に始めたんです。そのメッセージラインが飲食店とユーザー双方に刺さったようで、登録店舗数が一気に増えたんです。2020年5月末からのサントリーさんによるお力添えによりそれまでの4,700店舗から一気に15,000店舗に増えました。サントリーさんのような大企業にもこうした善意の輪が伝わったのは本当に感慨深いものでした。
―飲食店の負担をゼロにする「Pay it forward」という価値観の実践が広がっているんですね。
新型コロナの問題が始まる前から何かを与え合うというサービスを始められたのは、偶然ではありますが、結果的にそうした価値観を時代より先取りできたのかもしれません。「こういうプラットフォームがあったから、『さきめし』という行動を起こし支援できた」という声をユーザーからも多くいただきました。それに、お店から手数料をいただかないからこその現象も起き始めています。お店側は、「ごちめし」プラットフォームを介して来てくれたお客さんには次も来店してもらおうと、コーヒーやデザートを自発的に無料でつけてくれたり独自のメニューをわざわざ作ってくれたりといった事がまさにそれです。善意の輪がお店にも伝わって、「共創」がサイクルしているのを感じています。
社食は地域の飲食店、ニューノーマル時代の福利厚生「びずめし」
―今年2月から始めた「びずめし」について教えてください。
シンプルに言うと、企業が社員に食事をごちそうする仕組みです。私達は「ニューノーマル時代の社食サービス」と呼んでいます。企業が根付いている地域または社員が住んでいる地元の飲食店を社食にしよう!という発想です。
リモートワークが普及して出社率が低くなると、従来の社食がほぼ機能しませんよね。かたや社食を持っていないスタートアップや小規模事業者であっても、お手軽に社食的な福利厚生を社員に提供する事ができます。営業マンのように出張が多い人、または在宅勤務の社員が場所を選ばずに、自分が希望するお店を社食化できます。メニューも多彩になるし、利用されている社員の方々からはご好評いただいています。
―新しい福利厚生として食事補助は企業から注目されています。
それはお問い合わせいただく企業の方からよく言われます。在宅勤務が増えた都合上、交通費の支給が減っている反面、社員の方々の自宅の電気代・通信費などが増えている状況があります。会社へのロイヤルティーや働く意欲を上げてもらう手段として食事補助を考えていらっしゃるようです。また採用にも有利に働いたり、地域経済のサスティナブルな支援となり、企業が取り組むSDGs、CSRの一環と捉えていただけているようで、地域の飲食店応援というメッセージとして、「びずめし」をとても前向きにご検討いただく企業が増えています。
―「びずめし」導入企業の推移はいかがでしょう?
2月からスタートし、導入済みまたは導入を決定された企業は現在約20社、また度重なる緊急事態宣言の延長もあり今後前向きに検討いただいている企業は100社以上あります。最初に導入いただいたジャパネットホールディングスさんでは、全国の拠点のうち社食のないエリアを中心に社員2000人近くの方にご利用いただいています。社員が自宅近くの行きつけのお店を「びずめしに登録したい」と会社に掛け合ってくれて、「登録して下さい」とお店へ直接アタックに行かれる事もあります。
地元の愛されている飲食店を優先的に誘致できるので私たちも嬉しいですし、私たちがただ営業資料をもって「登録してください」と飛び込みで営業するよりも、ずっと強いつながりでお話ができます。今後は、ユーザーのニーズに応えるため、デリバリーサービスへの対応も検討中です。
「Gochi(ごち)」を世界に!与え合う文化を日常にしたい
―文化放送と共同プロジェクト「YOU ARE THE BEST~医療従事者・飲食店ありがとうプロジェクト~」を現在実施されていますが、どういう経緯で始められたのですか?
新型コロナウイルス感染症のために、医療従事者の方々が非常に過酷な状況でお仕事されていますので、「ありがとう」「お疲れさまです」というメッセージを伝えたくて始めました。応援したい方々から寄付を募り、飲食店で使えるチケットを応援メッセージと一緒に医療従事者の方に配る事で、感謝の気持ちを届けます。7月末までクラウドファンディングを実施中です。リサイクル繊維のTシャツを一枚購入するだけでも寄付になりますので、ぜひ皆さまの気持ちを届けていただければと思います。
―今後取り組みたいサービスや構想についても教えていただけますか?
「びずめし」展開にあたり、日本旅行さんと業務提携をさせていただき、びずめしの営業をご一緒していただいています。そういうお話をしている中で、今後は「旅」「美容」といった違う領域でのごちそうを誰かにギフトする事も検討しています。要は体験をギフトするという事です。食事を食べに行くのも体験ですよね。そういう意味で、より幅広い領域でのギフトを展開していきたいです。例えば「ごち旅」みたいに、「ごち○○」といったような言葉でいろいろな領域のプレゼントができるといいですよね。
海外展開もしていきたいです。海外には日本よりも寄付文化が根付いている国がたくさんあると思いますので、「Gochi(ごち)」という言葉を、「Mottainai(もったいない)」「Omotenashi(おもてなし)」のように世界に羽ばたく“価値観を持った”言葉にしたい。それから個人的にも和食は他の追随を許さないすごい文化だと思っていて、和食の素敵さを海外の人に伝える事もしていきたいです。海外からお客さんが来た時に「ここのレストランをゴチっておくから行っておいでよ」みたいな使い方ができればいいですよね。
余談ですが、誰かのためにお金を使う行為は人間の幸福度を20%高めるという海外大学の調査結果が出ているんですよ。誰かが喜んでくれる事が嬉しいというのは人間の生き方の基本のような気がしています。けれど、まずGive(与えられる)待ちの人って意外と多いですよね。もちろん一歩踏み出すには勇気が必要ですので、寄付などの行為に二の足を踏む気持ちも分かります。ただ、自分からGiveする(与える)のは気持ちが良い事でもあるんです。そういうメッセージが大勢の方に届いて、「Pay it forward」の価値観が社会に定着していくといいなと思っています。