ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みをご紹介する「IT×○○」。今回は、狩猟分野にIoTを導入し、鳥獣被害対策の効率化やジビエ利活用の促進を図る株式会社huntech(ハンテック)代表取締役の川崎亘さんにインタビュー。罠猟(わなりょう)用センサー「スマートトラップ」の仕組みや、ITを通じた地域貢献にかける思いを伺いました。
「お世話になった地域に恩返しがしたい」という思いが原点
― huntechを創業し、狩猟分野に参入された背景を教えてください。
中学生くらいの頃から、地域に恩返しがしたいという思いがずっとあったんです。というのも、幼少期から茨城県にある父方の親戚の家にとても良くしてもらっていて、夏になると田んぼでどじょうをとり、遊んだ後は五右衛門風呂に入らせてもらい、お釜で炊かれたごはんを食べ、夜は蚊帳の中で寝るという貴重な体験をさせてもらいました。今思うと、東京では経験できないことをわざわざ準備してくれていたのだと思います。そうした恩義があったので、地域が人口減少によって徐々に元気を失っていくことに対して、何かしら力になりたいと自然に思うようになっていました。
最初の就職先はコンサルティング会社でしたが、何かしら地域に貢献する仕組みやサービスを提供したいと、友人たちとの飲み会のたびにアイデアを出し合っていたんです。それである時、ジビエがブームになっているという話題をきっかけに、日本の鳥獣被害を解決することができれば地域のためにもなるのではないかという話になりました。ジビエの利活用もできておいしいお肉が食べられるようになるんじゃないかということで、その場でサービスのアイデアや実際に猟師の方に会いに行くことまで決めたというのがhuntech創業の経緯です。
― 創業メンバーの3名は全員“複業”だとか。皆さん他にどのようなお仕事を?
僕は下町ロケットのような中小のメーカーで経営企画の責任者をしています。コンサルティング会社、環境系ベンチャー企業とキャリアを重ねてきて、ものづくりの経験はなかったので、huntech立ち上げ後にものづくりを学びたいという思いもあり入社しました。だいたい1週間のうち、現在はhuntechとメーカーにそれぞれ3日ずつ、残りの1日は別の個人の事業をしています。どれが本業でどれが副業ということではないので、“複業”という表現を使っています。
他の2人はコンサルティング会社時代の同僚とその友人ですが、現在はそれぞれ総合商社とベンチャー企業にフルタイムで勤務しながらhuntechの事業を手伝ってもらっています。
罠にかかるとメールで通知されるシンプルな機能にした理由
― 罠猟用センサー「スマートトラップ」の仕組みを教えてください。
「スマートトラップ」本体には磁石つきのフックが付属しており、檻と紐でつなげられるようになっています。檻の扉が閉まった勢いで紐が引っ張られ、磁石が外れたことを本体内部の磁気センサーが感知すると、メールで通知される仕組みです。
本体にはGPSを内蔵しており、設置ボタンを押すと設置場所が携帯の3G回線を使ってサーバーに送信されるので、どこに罠が設置されているのか、監視中なのかどうかといったことをWeb上で確認できます。
Web上ではいつ誰が何を捕獲したのかといった情報を入力することもでき、狩猟日誌として活用したり、自治体に提出する報告資料としてプリントアウトすることも可能です。
― ものづくりは初めてだったとのことですが、試作はどのように?
まず、プロダクトの機構をスケッチしてイメージを具体化していき、使えそうなパーツを探してはいじってみたりしました。なるべくコストをかけずに開発するために、電子部品や通信端末以外は、ほぼ100円ショップで手に入るものを使いました。現在はセンサーを格納しているケースには汎用品を使用していますが、試作段階ではそういったものがあることすら知らず、100円ショップで売られているプラスチック製のお弁当箱を使っていたんですよ(笑)。
― 開発にあたって特にこだわられたのは、どのような点でしょうか?
実際に使っていただける価格にするという点を一番に考えました。似たような機能を持つ製品はすでに市場にあったのですが、狩猟そのものは儲かるわけではないため、利用していただく方の負担を考えると、1台で十数万もするようではなかなか買ってもらえません。考えた末、必要な機能に絞った非常にシンプルな製品に仕上げました。
ちなみに料金は、売り切りではなく月額利用料をいただきながら、お客さまとともに継続的にサービスを改善していくモデルを採用しています。ここは従来のものづくりではなく、IT寄りの考え方かなと思っています。
―「スマートトラップ」と連携できるトレーサビリティーのサービスもあると聞きました。
「ジビエクラウド」というクラウド型のトレーサビリティーシステムと連携することで、捕獲した動物をいつ誰が加工したのかという情報も付加し、QRコードとしてシールなどに出力することが可能になります。これを出荷する際に貼り付ければ、消費者に加工品の安全性をアピールすることができます。
地域の人々に響くのはbitではなくatomのサービス
― 実際に地域を訪れた中で新たに発見した課題や、当初のアイデアから軌道修正した部分などはあったのでしょうか?
狩猟というアナログの分野にセンサーを取り入れるという一つの変化を起こすだけで、想像以上に時間がかかり、丁寧に進める必要があると実感しました。また、当初はジビエの売り手と買い手をつなぐマッチングサービスをつくろうと思っていたのですが、そうしたアイデアは現場の猟師さんにはまったく刺さらないこともわかりました。
課題は、消費につなげるジビエの買い手とつなぐところにもありますが、現場ではその手前の捕獲部分の方が大変だったんです。Webサービスといった三次産業では、bit(情報)を中心に考えがちですが、比較的地域に多い一次産業や二次産業では形や動きとして見えるatom(物理)に接しながらじゃないと本当の課題解決にはたどりつけないのです。なので、地域に足しげく通うことはもちろん、地域の文化を理解した上で接するということも地道に続けました。
― まだITが入り込んでいない狩猟分野に向けて製品のメリットを伝え、広めていくために、どのような戦略をとられたのですか?
ある程度ITのリテラシーが高い方々をメインターゲットとしてアプローチしました。現在猟友会の中心は60代から70代の層で、ざっくりとした肌感だと携帯電話の保有者は60%、スマホとなるとそのうち1/3にも満たない世界ですが、その次の世代はもう少しITリテラシーが高い傾向にあります。この層をターゲットとしました。宣伝活動にお金をかけてしまうと製品価格に跳ね返ってしまうので、ターゲットに自発的に見つけてもらえるよう、創業当初から広報活動に力を入れてメディア露出を増やしました。
狩猟業界だけでなく、localtech全体に広げていきたい
― これまでの導入実績や、導入後の効果を教えてください。
「スマートトラップ」は全国で400台導入されています。行政で購入されるケース、NPO法人で購入されるケース、個人で購入されるケースとさまざまで、一番多いのが兵庫県に導入した150台です。「ジビエクラウド」のほうは加工施設単位で導入されており、現在十数施設でアカウントを購入いただいています。
効果測定は狩猟という産業の特性もあるので難しいのですが、時間の使い方を改善したと思っています。罠の見回りが減ったり、捕獲した後すぐに確認しに行けるので、罠にかかったまま動物が死んでしまってジビエとして利活用できないというケースが減らせたり足元からの効果が出ています。
― 今後、どのようなビジョンを描かれているのでしょうか?
huntechとしては狩猟の見回りの手間や、捕獲した動物の9割以上が廃棄や自家消費に回され流通していない現状を改善し、業務を楽にしつつも捕獲した個体が適切に消費され、ジビエの加工施設を含めた狩猟業界全体の経営がうまくいく世界をつくろうとしています。そして、これは僕個人としてのビジョンですが、今後日本の人口が減少し、地域の一次産業、二次産業の担い手が減っていく中、これまで10人でやっていた仕事を6人でやらなければならないような状況も出てくると思います。そんなときでも、地域の人々が無理せず楽しく、誇りを持って取り組めるような、そういう環境をつくっていきたいと考えています。また、自治体における書類確認・集計業務の効率化など、行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)といった部分にまで踏み込んでいければとも考えております。
現在は狩猟×テクノロジーでhuntechという会社をやっていますが、地域全体×テクノロジーのlocaltechという概念に発展させ、localtechホールディングスの下にhuntechだけでなく、たとえばforesttechがあったり、地域医療に取り組む会社があったりと、地域の課題を解決する会社をいくつか持てたら面白いのではないかと思います。