ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みをご紹介する「IT×○○」。今回は、AIに“かわいい”を学習させてアパレル商品の分析、戦略に活用する「感性分析AI」を開発したINSIGHT LAB代表取締役会長の遠山功さん、執行役員の横尾聡さんにインタビュー。人間の感性を分析可能にすることでビジネスにどのような変化が生まれるのか、話を伺った。
行きつけの店の「いつもの」をデータ分析で実現したい
― 2005年の創業当時は今のようにビッグデータが注目されていなかったと思いますが、なぜデータサイエンスに特化したINSIGHT LAB(当時はアイウェイズ)を創業されたのでしょうか?
遠山 出発点は、行きつけのお店の心地よさ、「いつもの」が提供される仕組みをデータベースを活用して実現したい、という想いからだったんです。これは僕が大学生の時に行きつけにしていたお店や自身のレストランでの接客経験がベースになっているんですけど。単純に同じものを出すのではなく、お客さんのことをよく知っているから「その時に欲しいもの」が提供できる、そんな心地よいサービスを誰にでも提供できないかというところから始まっています。
当時、国内企業はデータを持ちながらもまだ十分に活用できていない状況にあるとともに、データサイエンスの分野は市場規模が伸びている割にプレイヤーが少なかったんです。そのため、創業してすぐに大手外資系製薬会社様をはじめとする多数の引き合いがありました。
― システム構築も手掛けていらっしゃいますが、データを活用するためには分析を請け負うだけでなく、システムも必要だったということでしょうか?
遠山 そうですね。なので、システム開発も創業当初から行っていました。よりよい分析をするためには、あらかじめデータを加工しておいたり、必要なデータを揃えておいたりと、プログラミングやシステムに関する知識が必要になる部分もあります。そういう意味でも、システムの裏側まで理解できている点は強みとなっています。
― ところで、遠山さんは高校生のころからプログラミングをされていたそうですね。
遠山 はい。デジタルに興味があったので工業高校に進み、授業でC言語(プログラミング言語の1種)から学び始めました。プログラミングが好きで、当時はクラスの全員が登場するロールプレイングゲームを自作して友達に遊んでもらうことなどもしていました(笑)。その後、大学卒業までに10言語くらいには触れましたね。
女性の「かわいい」をどうやってAIで分析可能にしたのか
― 創業の背景を伺うと、人間が感覚的に判断していたことをデータを用いて実現したいという想いは、「感性分析AI」にも通じているように感じます。
遠山 最初に横尾がアパレルメーカー様から“かわいい”を分析したいとのご相談をいただいたときは、すぐ「やりましょう!」と話しました。さまざまなデータを活用して経営に生かしたいというご要望は多くありますが、「感性」を分析して経営に生かしたいとはとても面白いと感じ、我々もチャレンジしたいと思ったのです。
― そのアパレルメーカーさんはどのような課題を抱えていたのでしょうか?
横尾 これまで春夏物・秋冬物と、半年ごとに商品を開発していて、前シーズンの業績は「売上が低かったのはこういうテイストが足りなかったからだ」などと定性的に振り返っていたそうなんです。ですが、ご相談くださった担当者様はもともと統計やマーケティングに精通した方だったこともあり、「定性的なものを数値化し、科学的に経営に取り組みたい」とお考えでした。同時に、女性が求める“かわいい”を数値化して分析可能にすれば、「美の変遷が分かる」という壮大なビジョンもお持ちでした。
― “かわいい”の判断は人によっても異なると思いますが、どのように分析可能にしたのでしょうか?
横尾 一口に“かわいい”と言っても、実際にはさまざまな成分を含んでいます。まずは、服の素材感やシルエットなど、含まれる成分を明らかにしていく必要がありました。次にその成分をAIに学習させ、各商品にどの程度その成分が含まれるかをAIが点数評価できるようにしています。商品を画像解析により数値化したものと、その商品に付与された印象や形、素材などのタグの関係から、AI自身が「この商品には『かわいい』成分が含まれる」と判断するのです。このようにディープラーニングを用いて作成された予測モデルで、AIが未知の商品についても採点できるようになるわけです。
― AIの学習はどのように?
横尾 まずはアパレルメーカー様に、成分を表す150のタグを用意していただきました。たとえば素材感で言えば、「とろみ」や「こっくり」といったものです。これを使って服飾系の専門学校生50名に商品画像に含まれる成分をタグ付けしてもらったものを、教師データとして使用しました。なので、今回のAIの感性は専門学校生と同じ20歳前後の女性の感性を持ったAIと言っても良いと思います。ちなみにタグ付けは専用のアプリを開発し、スマホからできるようにしました。約3万5000アイテムに対してタグ付けするのに、3ヶ月くらいかかりましたね。
―このプロジェクトは北海道大学との産学連携で進められたそうですね。
横尾 同じく定性的なものを数値化するというテーマに向き合われているということで、「AI俳句」の開発で知られる北海道大学の川村 秀憲教授にご相談したところ、一緒に取り組んでいただけることになったんです。
感性分析の結果をロイヤルティーに効く商品開発に活用
― 分析結果はどのような形でアウトプットされるのでしょう?
横尾 たとえば感性マップみたいな形で出せるんですよ。いわゆるバスケット分析と言われるもので、「紙おむつを買ったらビールを買う」って有名な話がありますよね。これと同様に、分析していくとタグ同士の依存関係や依存の方向性がわかるので、各ブランドの中心となっているコンセプトは何で、そこにどんな成分が結びついているのかをマップで表せるんです。
もし、あるブランドの今年の業績が悪かった場合、去年の感性マップと比較してみると構成している成分の変化から業績に与えた影響を推測することができます。これまでマーチャンダイジングの責任者が感覚を頼りに分析してきた部分を、可視化できるということなんですよね。また、タグごとにも分析できるので、たとえば「かわいい」が何と従属関係があるかも見ることができるんです。
―たとえば分析結果をどのように経営判断に使うことが考えられますか?
横尾 ロイヤルティー(ブランドや商品などに対して感じる「愛着」や「信頼」)の向上や、消化率(値引きをせずに売れる商品の比率)改善の判断材料に使うことが考えられます。ロイヤルティーの高いお客さんが買った商品はどれで、その商品にどんな成分がどの程度含まれているかを分析できるので、ロイヤルティーの高いお客さんに好まれる商品に近づけるといったことですね。たとえば、前シーズンのあるブランドのワンピースは「リボン」成分が多すぎたから次のシーズンでは抑えようとか、逆に「花柄」成分が少なすぎたので増やそうという判断があるかもしれません。
このような経営視点で使える分析は、需要予測や確率を算出するといった従来のAIが担ってきた役割とは異なり、顧客の購買履歴や売上といったデータと結びつけることで初めて実現できるAIを活用した新たな試みでした。
データは可視化されることで戦略のブレがなくなる
― 先ほど「美の変遷」というお話がありましたが、「感性分析AI」があれば、今までのようにマーチャンダイザーが判断する必要はなくなるのでしょうか?
横尾 美の感覚は変遷していくので、やはりAIにはどんどん新たな教師データを与えて学習させていく必要があります。それを常にやっていかないと、AIの感性が古くなってしまうんです。その上でデータの最終的な判断はやっぱり人間が果たすべきなんですよ。分析結果はあくまでも参考なので。
遠山 特にアパレルの世界は天候やトレンド、競合の出現など不確定要素が多く、常に学習が必要です。人間が把握していてもまだAIは学習できていない領域はあるので、人間の判断は必要になります。ただ、分析結果が可視化されることで誰もが納得できる状態になるため、戦略にブレがなくなるという意味では人間が感覚的に判断するのとは大きな違いが出ます。
― 他にも、データ分析で面白い事例があれば教えてください。
横尾 一般的には商品を売るためにデータ分析をしたいというケースが多いです。これはアパレル系の話ではないのですが、公演のチケットが満席であるにもかかわらず、顧客層(ファン)の高齢化により10年後、20年後に来場者が減少していくことへの危機感から、きちんと顧客を分析したいというユニークなご依頼がありました。このケースは会場のキャパシティー以上のチケットは売れないので、売上を伸ばすのではなく、顧客構造の分析によって今後、どこを伸ばすべきか見極めるほうを選択されたんですね。
遠山 これもやはり、感覚的に傾向をつかむだけでなく、まずは現状を可視化することで次の施策が考えられるようになったケースなのです。
感性から商品を選べるようになる可能性も
― 感性が分析可能になり、今後はどのような展開を考えていらっしゃるのでしょうか?
遠山 可能性としては、たとえば「『かわいい』を少なく、『ガーリー』の度合いを高めにした服を探したい」など、感性から商品を選べるようなアプローチも考えています。そうなると、ブランドを選ぶのではなく、自分に合う感性の服がどこにあるかで選べるようになり、購買の仕方が変わってきますよね。
何か欲しいとか食べたいときって、人間はだいたい感性で話しているんですよ。「こってりしたもの」とか。今回はアパレル業界でその感性をAIが学習できる仕組みができたので、今度は他の分野にも展開して、私が最初に思い描いていた「いつもの」が出せるようなサービスをつくっていければと考えています。もちろん、海外展開も視野に入れています。