ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みを紹介する「IT×○○」。今回取材したのは、会員数累計800万⼈の電子チケットサービス「ticket board」を運営する株式会社ボードウォーク代表取締役社長の遠藤政伸さんです。昨今話題を集め始めた電子チケット市場ですが、遠藤さんは「電子チケットは単なる興行ビジネスではなく、今後のエンターテインメントサービスを進化させるインフラになる」と強調します。そんな遠藤さんに、電子チケットを取り巻く社会環境や今後の展望をお伺いしました。
電子チケットを入り口に、エンタメの新しい価値づくりを目指す
— 電子チケットサービス「ticket board」スタートのきっかけを教えてください。
実は、これまでのエンターテインメント業界は、どういう属性の方々がライブに来場されているのかについて正確な情報がほとんどありませんでした。もちろん会場に行けば、「20代の女性が多いな」「40代以上の男女がボリュームゾーンだな」という肌感覚はあります。
ただ、従来の紙チケットであれば、代表者が友達の分のチケットを含めて複数枚購入する場合、その代表者のデータしかわかりませんし、ファンそれぞれの細かな好みも把握することができません。こうしたデータがないために、業界全体として「ファンの心に深く届く適切なプロモーションの実施が難しい」と感じる側面がありました。しかし、電子チケットサービスを通じた購入であれば、性別や年齢、職業、居住地などの購入者の属性情報や同行者の情報、どんなアーティストのライブに多く参加しているのかといった細かなデータも得ることができます。
私たちのミッションは、「カタチにこだわらないエンタテインメントの楽しみ方を提供し、ひとりひとりの感動の最大化を目指す」こと。
チケットはすべてのライブエンターテインメントの入り口です。この部分にITを利活用して、ファン一人一人の思いに寄り添ったエンタメの楽しみ方やその価値をより高める取り組みを実現するため、「ticket board」は2010年に産声を上げました。
ライブの感動が何度もよみがえるサービスづくり
— 電子チケットサービスから生まれた新たな取り組みについて教えてください。
データがあれば、誰がどのライブに参加したといった履歴もわかります。すると、その時にファンの方が覚えた感動やワクワク体験を、その後もフォローアップすることができます。例えば、「あの時のコンサートがライブDVDとしてリリースされました!」というプッシュ型のメール通知です。このメールを見るだけで、楽しかった体験が脳裏によみがえるので、DVD購入率も高くなります。
具体例でいえば、2018年に引退した安室奈美恵さんのラストドームツアーDVDでは、予約していただいた方のお名前をジャケットに入れてお届けするサービスを実施しました。プロダクションの方は「そんなことができるの?」と驚かれていましたが、データがあれば可能です。ライブの感動だけでなく、アーティストとファンの一体感という付加価値も生まれます。ファンのニーズをきちんと把握し、適切に価値を提案することで、より楽しい体験や感動が生まれていきます。
— ボードウォークはファンクラブの運営も支援していますね。
エンタメビジネスは、一般的なマーケティングとは違い、ファンを「育てていく」感覚があります。例えば、ライブでアーティストの呼びかけにファンが応える「コールアンドレスポンス」をイメージしていただくとわかりやすいと思います。ファンを育てることで、アーティストとファンがマッチアップし、さらなる感動や共感が生まれる環境をつくっていくスタイルがエンタメビジネスです。
そのためには、ファンの方が、より快適にアーティストを応援するための仕組みづくりとそのマネジメントが重要です。そこで、アーティストを心から愛し、熱心な応援活動をしている方——私たちは「ファン活者」と呼んでいますが、その方々の行動をきちんと把握したいと考え、詳細な調査と分析も行い、その結果をアーティストとファンのコミュニケーションづくりに生かしています。
電子チケットはエンタメのプラットフォームになるか
— 電子チケットを構成するテクノロジーを教えてください。
2010年に「ticket board」がスタートした当初は、いわゆる「ガラケー」でダウンロードしたQRコードをゲートでかざして入場するスタイルでした。現在はスマートフォンを活用し、「QRコード」「電子スタンプ」、そして2019年6月にリリースされたアプリ「LIVE QR」を使うもの、の3パターンを提供しています。
— なるほど。LIVE QRの特徴について教えてください。
2019年6月14日に施行された「チケット不正転売禁止法」に合わせ、不正入場防止機能をより強化したアプリです。一定時間で切り替わる時限式QRコード機能やネットワーク障害対策機能、さらに顔写真登録・識別による不正入場防止機能などが実装されています。このため、チケットを正規で購入した人は利便性を損なわず、スムーズに入場できます。
ただ、基幹となっているシステムは創業時から引き継がれてきたものです。これまでは、スマートフォンなどのデバイスに対応させるために改修・拡張を行う形でシステムの利便性を高めてきました。
ですが、今後は新たな技術や進化し続けるデバイスにも迅速に対応していくため、刷新されたプラットフォームが必要です。ファンの利便性を損なわないことはもちろんですが、当社のクライアントであるレコード会社やプロダクション、イベント会社、制作会社の方にも使いやすいシステムに作り変えていく予定です。そのため、要件定義作業にはクライアントの方々にも参加してもらっています。
— 具体的にどのような機能強化を予定しているのでしょうか。
エンタメ業界のこれからの課題は、「ベストなタイミングで、ベストな商品やサービスを提案すること」です。そのために、「ticket board」から得られた会員データや、ファンクラブ運営事業を通じて得た情報を役立てていますが、それらをより活用できる仕組みが必要です。ECサイトや会場で購入したグッズの履歴といったあらゆるデータを通じて消費動向などを分析し、カテゴライズすれば、ファン一人一人とのきめ細かなコミュニケーション戦略が立てられます。そこで、当社もデータ分析スタッフを強化し、サードパーティーのDMP(Data Management Platform)と連携したデータ活用の可能性開拓に取り組んでいます。
— 電子チケットを入り口に、エンタメビジネスの付加価値を高めるプラットフォームを構築するということですね。
そうです。電子チケット業界は、さまざまなサービスが登場し始め、ようやく市場が活況に入ったところです。そんな中、精度の高い本人確認を可能にし、テクノロジーによって不正入場や転売を防止している点、そして電子チケットから派生するデータをいかに活用するかを考えている部分に私たちの大きな役割があります。
その中でも、不正転売の防止策として電子チケット導入は今後一層進むでしょう。以前は、いわゆる「ダフ屋」がコンサート会場の前でチケットを転売することが多くありました。しかし、現在では、インターネットを利用した不正な「リセラー」が登場し、驚くほどの高額でチケットを転売したり、そもそも転売目的でチケットを多数購入したりするケースが散見されます。
これらのために、熱心なファンが不当な金額でチケットを買うことになってしまう懸念があります。その他にも、例えば、過去に会場でトラブルを起こした危険な人物が転売を通じてチケットを入手し、再びトラブルを招くことにもつながりかねません。アーティストを心から応援したいと思うファンのためにも、それは絶対に許されることではありません。
そこで、音楽関連の4団体と195組のアーティストと32の国内音楽イベントは、「チケット高額転売防止を求める共同声明」を発表しています。ボードウォークもこの声明に賛同し、不正に対しては業界をリードしながら厳格な対応を進めていきます。
それらに加えて、ボードウォークはエンタメ業界の新しい価値創造につなげる新ビジネスを構築し、ファンの方に思う存分エンタメを楽しんでいただきたい。社名の由来となっているアメリカ・東海岸のボードウォークのように、新たなワクワクを創造するプラットフォームづくりにまさに取り組んでいるところです。