あっと驚くような組み合わせを実現した企画や、人的ネットワークを駆使したビジネスなど、さまざまな「つなぐ力」を紹介する新企画「ツナイダ☆チカラ」。第1回は、都心のビルに「大手町牧場」をつくったパソナグループの丹後王国・伊藤社長にインタビュー。なぜビルの中に牧場なのでしょうか。その狙いと、前例のないアイデアを実現に導いた「つなぐ力」について伺いました。

画像: プロフィール 株式会社 丹後王国 代表取締役社長 伊藤 真人(いとう まさと) 1971年生まれ。兵庫県神戸市出身。1994年、創価大学卒業後、パソナ入社。再就職支援や神戸での復興支援事業に従事。株式会社パソナロジコム代表取締役社長などを経て、2015年、株式会社丹後王国の設立と同時に代表取締役社長に就任。現在に至る。2016年、神戸市から京都府京丹後市に家族で移住。

プロフィール
株式会社 丹後王国
代表取締役社長 伊藤 真人(いとう まさと)
1971年生まれ。兵庫県神戸市出身。1994年、創価大学卒業後、パソナ入社。再就職支援や神戸での復興支援事業に従事。株式会社パソナロジコム代表取締役社長などを経て、2015年、株式会社丹後王国の設立と同時に代表取締役社長に就任。現在に至る。2016年、神戸市から京都府京丹後市に家族で移住。

酪農を身近な存在にしたい

― 伊藤さんは、大手町牧場を運営する丹後王国の社長ですが、もともとはパソナに入社されたのですよね。

1994年にパソナに入社し、人材派遣の営業になりましたが、1995年に阪神淡路大震災が起こり、神戸の復興に向けた商業施設の企画運営のプロジェクトに従事しました。これが私のキャリアの原点となっています。2015年に、京丹後市の地域活性化を目指して設立された丹後王国の社長に就任しました。丹後王国は、パソナグループと京都の農産者、酪農家、畜産家、食品加工会社などが出資・参画するジョイント・ベンチャーですので、ここで酪農家や畜産家の方々とのつながりができました。

― そのつながりが、大手町牧場の実現にもつながったというわけですね。それにしても、東京駅の前に立つパソナのビル。その13階に牧場があるなんて、驚きました。なぜ、「ビルの中に牧場をつくろう」という奇抜な発想が生まれたのでしょうか。

奇抜ですよね(笑)。2017年にパソナグループの本部ビルが移転することになったのですが、私は京都にいましたので、正直、「仕事上は直接関係することはないだろう」と思っていました。ところがある日、パソナグループ南部 靖之代表に呼ばれて「新しいビルで、牛を飼いたい。牧場をつくれないか」と相談されたのです。

― 南部代表は、なぜそんな提案を?

パソナグループは総合人材サービス会社として、「人を活かす」こと、人と仕事をつなぐことに取り組んでいます。2005年からは、都会の人にも農業を職業選択肢の一つとして考えてもらおうということで、ビル内農場の試みなども行ってきました。ちょうど社会の動きとして農業が注目されたこともあり、2016年の新規就農者の数が平成で過去最高になった都道府県が出てきました。当社の試みもある程度は貢献できたのではないかということで、「では、次は酪農だ!」と。都会にいる人にも、酪農を身近に感じてもらい、酪農という職業に目を向けてほしいという思いが、ビル内に牧場という発想につながったわけです。

画像: ― 南部代表は、なぜそんな提案を?

酪農業の課題を解決したい

― 確かに、大手町牧場なら、都会に住んでいても「ちょっと牛でも見て行こうよ」というノリで遊びに行けますね。そこで、飼育員の仕事ぶりを見たり、動物に触れたりすることで、「酪農もいいな」と思う人が増えるのは、自然なことかもしれません。
とはいえ、突然の南部社長からの提案に、伊藤さんは戸惑いもあったのではないでしょうか。実現可能だという自信はありましたか。

いや、最初はムリだと思いましたね(笑)。ビルで動物を飼えるのか、という条件的なことも不安でしたし、酪農家の方々にも怒られると思いました。

画像: おとなしいジャージー牛の子牛です。優しい目に癒やされます。

おとなしいジャージー牛の子牛です。優しい目に癒やされます。

― みなさんの反応はいかがでしたか。

まず、飼育の専門家に聞いたら「条件的には可能だ」と。次に、酪農家の方に恐る恐る話してみたら、「酪農家にとって、それは夢のような話です」と喜ばれたのです。酪農業界は、後継者不足に悩んでいます。田舎での厳しい仕事だというイメージがありますから、都会の人は見向きもしてくれない、自分の子どもも後を継いでくれない、というのが現状です。実際、酪農家は過去40年で約10分の1に激減しています。ですから、「都会の人に、酪農に興味を持ってもらえるなんて、夢のようだ」と。その言葉を聞いて、「やろう」「できる」という確信につながりました。

― 思いがつながりましたね。

まさに、酪農・畜産の関係者は、後継者不足をなんとかしたいという共通の思いでつながっています。大手町牧場の実現に向けて、酪農家、畜産家、農林水産省、乳業メーカーの方々など、みなさんとても協力的に関わってくださいました。

―2016年秋からプロジェクトが始動したと伺いました。2017年8月のオープンまで、かなり期間が短かったように思いますが、すべてスムーズでしたか。

一番難しかったのは、動物と人間の双方にとって快適な環境を整えることでしたね。ビルの中に牧場をつくるというのは、誰も経験がないことですから、試行錯誤でした。臭いや衛生面の問題がありますから、換気や排水などの対策については、工事関係の方にもかなり苦労をかけました。

― 前代未聞のプロジェクト実現に向けて、何がモチベーションになりましたか。

パソナグループの企業理念でもある「社会の問題点を解決する」という思いですね。当社の事業において、この理念は決してぶれません。「自分がやっていることは、『酪農業界の担い手不足』という日本社会が直面する課題の解決につながる」という確信がモチベーションです。

画像: ― 前代未聞のプロジェクト実現に向けて、何がモチベーションになりましたか。

酪農と若者の未来をつなぐ

― 2017年8月にオープンしてからの来場者数を教えてください。

累計2万人以上の方にお越しいただいたと思います。最近は、1日平均200人ぐらいでしょうか。平日は、同じビルで働くパソナの社員や近隣の会社員、子連れのママ、週末はファミリーが多いですね。リピーターも多いです。最近は、都内の学校や農業高校からの見学、外国人観光客、東京出張ついでの海外のビジネスマンも増えています。

― 牧場への入場は無料だというのがすごいですよね。牧場スペースの横にはカフェがあり、ここではセミナーも開催されています。

酪農に興味を持っていただく啓蒙施設として、牛乳からアイスクリームやバターなどをつくる体験セミナーや食育セミナーを月数回、開催しています。こちらは有料ですが、子どもを連れて参加する人から、健康に関心のあるシニアまで、いろんな方にご参加いただいています。
また、学生や社会人向けに、酪農業に特化した就農イベント「酪農リクルーティングフェア」も開催しています。酪農家の方を呼んで、実際の求人情報を提供したり、業界の現状や酪農という仕事についてお話しいただいたりしています。

― 都会の若者にとっては、酪農という職業について知ることができる貴重な機会ですね。伊藤さんから見て、酪農という仕事の魅力は何でしょうか。

命に触れられることですね。命の尊さを伝える仕事だと思います。学生向けのセミナーでは、子牛が生まれる映像を見て、涙を流す学生も多いですね。人間は牛の乳をいただくわけで、命をつなぐ仕事だともいえます。

画像: とっても人懐っこいです。

とっても人懐っこいです。

― ビジネスとしての酪農はいかがでしょうか。

ビジネスとしての面白さも感じてもらえると思います。例えば、一頭の牛から何リットルの牛乳を出すことができるかをきっちりと計算して予測するなど、工夫次第で生産性を上げることもできますから。また、異業種の技術と酪農がつながることで、新しい可能性も生まれると思っています。

― 例えばどのような技術と酪農がつながりそうでしょうか。

すでに大きな牧場では使われていますが、IoT×酪農の可能性は大きいと思います。牛の足にセンサーをつけて歩数を観測することで、出産の兆候が分かりますし、もちろんIoTで体温計測も可能です。早朝と夕方の搾乳を機械化することで、酪農家の負担も減らすことができますね。

― 最後に、大手町牧場は今後どのような「つながり」を生み出してくれそうでしょうか。

すでに、地方の酪農家と都会の生活者をつなげることができていると思っています。また、「酪農リクルーティングフェア」などを通じて、職業としての酪農に興味を抱いてくれる方々も出てきています。今後は、そうした若者が地方に移住して、酪農に就業してくれれば、酪農業界の活性化につながりますし、地方創生にもつながっていくと期待しています。酪農と若者の未来の可能性につながればうれしいですね。

画像: オールスター勢ぞろいです!飼育員さんは、動物のフンをすばやく掃除することを心がけています!

オールスター勢ぞろいです!飼育員さんは、動物のフンをすばやく掃除することを心がけています!

今後、丹後王国様の取り組みが進んでいくことで酪農家さんにとって明るい未来がくることを願っています。さて、次のコーナーでは、NexTalk編集スタッフの「ミキティ」が、実際に「大手町牧場」に潜入した模様をお届けします!

★大手町牧場の動物たちをご紹介

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