シャトーレストラン 「ジョエル・ロブション」 プルミエ メートル ドテル
宮崎 辰 氏
一流の「仕事の心」を探る本連載第2回は、最も伝統と格式のあるサービスコンクールで各国代表を破り、日本人で初めて優勝した「世界一のメートル ドテル」、宮崎 辰氏にお話を伺いました。レストランでのサービス品質を大きく左右するメートル ドテルの役割、一流に必要な資質、チームでサービス品質を上げるために欠かせないこと――。宮崎氏のお話の中から浮かび上がってきたのは、自己満足に終わるサービスと真のサービスの違いでした。
サービスは格の高い仕事
―メートル ドテルはどのような仕事をするのでしょうか。
中世のヨーロッパでは、貴族が毎晩のように、何百人もお客さまを呼んで宴会をしていました。シェフが料理を作り、メートル ドテルが主人に代わってお客さまをもてなしました。メートル ドテルは、貴族と同等のもてなしができるくらいの格の高い人間だったのです。
その後、フランス革命で貴族制度がいったん廃止されましたが、メートル ドテルとシェフはその地に残ってレストランを開きました。メートル ドテルは、お客さまに直接サービスを提供する責任者で、ホール全体を取り仕切ります。時には華麗に料理を切り分け、お客さまを楽しませます。また、お客さまがいらっしゃる前にテーブルセッティングをしたり、花を生けたり、周りの装飾品の取りそろえも行います。空間を支配するという意味ではシェフよりむしろ重要視されていました。
―今のレストランでも同じですか。
今も変わりません。一番の仕事はオーダーを取ることで、オーダーを通じてお客さまとコミュニケーションを取り、お客さまが食事をどのように楽しみたいかをつかみます。そのうえで、ソムリエ、シェフ、パティシエなどいろいろな部門に指示を出します。一時もお客さまから意識を外さず、オーダーを取り、ワインや料理、デザートを絶妙なタイミングで出し、会計まで担当して、お見送りする「線の仕事」です。サービスはチームで行うので、テーブルごとのサービス提供の戦略を考え、それを部下に伝えることも重要な仕事です。
―メートル ドテルになるためにどのような修業をしたのですか。
最初に就職したレストランで、まず先輩のやり方をまねしました。実はもともとシェフになりたかったのですが、フランスでの修行時代、ひたすら皿洗いをしている時期があって、ある日ふと皿から目を上げると、メートル ドテルがいました。そのたたずまいにとても感動し、あこがれまして方向転換しました。最初は見よう見まねで仕事をして、先輩から仕事をもらおうと、ともかくアピールしました。朝早く出てきて掃除し、先輩が出勤する時間に合わせて仕事をする場所を決め、出勤した先輩にコーヒーを入れて持っていく。先輩の癖を読んで、先回りして考えて、仕事を終わらせておいて、「こいつは気が利く」という印象を持ってもらえるようにしたのです。それを2、3年、ひたすらやり続けました。振り返ると、きちんとした人の下で基礎を積んだことは、今の私の財産となっています。
―これまで一番大変だったことは何ですか。
2010年にシャトーレストラン 「ジョエル・ロブション」に入った直後に、心身ともに調子を崩しました。世界トップクラスのレストランでサービス責任者を務める重責と、メートル ドテル日本一を決める大会が3カ月後に迫っていたことが重なり、入って2、3週間でもう辞めようと思い詰めました。毎日、「朝が来なければいい」と思いながら寝て、苦しい気持ちで起きて仕事に出かけていました。この時、救いになったのが、前のお店のお客さまが何人も「ジョエル・ロブション」に来店してくださったことです。すぐにお越しいただいた方もいらっしゃって、本当に気持ちの支えになりました。その後、日本大会で優勝したら肩の荷が下りて、半年くらいで調子を取り戻しました。お客さまに支えられて、何とか苦しい状況を切り抜けることができたのです。
“間”をはかり、懐に飛び込む
―その「日本大会優勝」後に、2012年にはクープ・ジョルジュ・バティストサービス世界コンクール東京大会で優勝されましたね。世界一のメートル ドテルになれた理由は何だと思いますか。
日々の鍛錬、ただそれだけです。このコンクールは、プロフェッショナルとしての表情・目線・立ち居振る舞いの優雅さなどの態度が重要で、さらに食材に関する知識の正確さと深さ、作業に必要な器材の扱い、清潔さと衛生、丁寧な食材の扱い、仕上がりの美しさ、母国語以外の言語スキル、言語以外の表現スキルなどなど・・・普段の仕事に欠かせない膨大な要素がさらに細分化された審査内容となっており、決して一夜漬けでできるものではありません。基礎をきわめるために、日々培ってきたものがしっかりしていれば、特別な舞台でも応用が利きます。どんな世界でも練習は期待を裏切りません。練習すればするだけ、結果を出すことができます。
メートル ドテルの仕事は毎日同じことの繰り返しで、楽しいことばかりではありません。当たり前のことをきちんとやり続けるのはとても難しい。ただ、そこで手を抜いたら、プロとしては失格です。当たり前のことを自然にやれるようになるまで、鍛錬しなければなりません。
―具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
サービスでいう鍛錬は説明が難しいのですが、例えば、日々の人間観察が挙げられます。毎日電車で会う人がいたら、「この人は何の仕事をしていて、何が好きなのか」ということを考えてみるのです。使っているスマートフォンは何か、読んでいる本はどのような内容か、ちょっとした手がかりからその人の好みを想像したりします。それはほとんど妄想といってもよいものです。
一方で、テーブルにナイフやフォークなどのシルバーを真っすぐに置くのは、鍛錬というより技術の訓練です。真っすぐに置くのは実は難しくて、それをお客さまがいない状態で置くのは、イメージすることが重要です。お客さまのことを思い、お客さまの満足を考えたうえで、置いていきます。
―一流のメートル ドテルに欠かせない要素があるとしたら何でしょうか。
基本的なサービス能力に加えて、私は“間(ま)”が必要だと考えています。お客さまとコミュニケーションを取りながら、先回りしてやるべきことを判断しますが、それをいつ実行するか、タイミングがとても重要なのです。私はこのタイミングのことを“間”と言っています。“間”はお客さまの気分、お客さま同士の関係で変わってくるので、決まっているわけではありません。ここだ、と判断したら、絶妙なタイミングでお客さまの懐に飛び込むのです。それはお客さまによって変わるので、1つの方法では通用しません。そのための引き出しをたくさん持っているのが一流のメートル ドテルで、一瞬にして的確な引き出しを開けて、お客さまの懐に入り込むのです。
自己満足と、本当のサービスの違い
―チームのサービスレベルを上げるために心がけていることはありますか。
最初に入ったお店で先輩の仕事を先回りしてやって成長した経験があるので、スタッフには「先輩を観察しながら、自分の仕事をしなさい」と言っています。もう1つ、「お客さまを見るようにチームメイトを見なさい」とも伝えています。人に届く、もてなしの心はそこから始まりますし、それが自然に出てくるようになったら、よいメートル ドテルになれます。
チームでレベルを上げるには、伝え方も大切だと思います。何か問題があったら、その場で注意します。叱りはしますが、怒りません。怒るのは、自分で気持ちがすっきりするだけで、相手のためにはなりませんし、モチベーションが下がってしまいます。叱るのは「君のために注意している」ということが相手に伝わります。
―お客さまに満足していただくためには何が重要でしょうか。
ささいなことの積み重ねが満足と感動につながります。先日、女性同士でいらっしゃったお客さまが1万8千数百円ほどの会計で、2万円を出されました。おつりを千円札ではなく、500円玉を2枚入れて、お渡ししたことがあります。割り勘だから私としては当たり前のことと思ったのですが、お客さまは「そこまでしていただけるんですね」と、とても満足されました。他にも当たり前だと思うケースがいくつもありますが、そうしたささいなことの積み重ねの上にお客さまの感動があるのだと思います。
―自己満足とお客さまに本当に喜ばれるサービスの違いはどこにあるのでしょうか。
私はお客さまに「ごちそうさま」とおっしゃっていただいても、自分がよいサービスをしたとは思いません。真のサービスとは、お客さまに本当に満足していただけたかどうかで、それはリピートしていただけるかどうかで決まります。ですから、再びご来店くださった時に、本当にお喜びいただけたのだと思います。リピートされていないのに「おいしかった」と伝えられただけで、よいサービスをしたと思うのは自己満足です。よいサービスかどうかはその時には分からないのです。メートル ドテルは「自分は一流だ」とか「よいサービスをした」とか自分で評価してはいけません。それを判断するのはお客さまです。主役はお客さま、私たちメートル ドテルはあくまで「黒子」なのです。