コロナ禍でリモートワークが進み、必ずしも毎日出勤する必要がなくなった人も増えました。人口の多い東京は「密」で、感染リスクが高いと懸念する人もおり、中には住みやすい場所、自分らしい暮らしを求めて、地方に移住する人も増えている、と見聞きします。どのような人が、どんなエリアに移住を希望しているのでしょうか。移住の際に重要なことは何か。都市部からのUIJターン(大都市圏から地方に移住すること)を支援する、NPO法人ふるさと回帰支援センターの高橋公理事長に、その傾向や移住の現状について伺いました。

志を持って地方へ移住する20代の相談者が増加

― コロナ禍以降、ふるさと回帰支援センターに来られる相談者にどのような変化が見られますか。

当センターは、2002年に設立以来、東京・大阪に事務所を構え、移住希望者の相談を受け付けています。相談件数は、電話、セミナー、来訪相談を含め、年間約5万件ほどです。

ところが、2020年、緊急事態宣言が明けた後、秋頃から東京近郊の茨城、栃木、群馬、山梨、静岡、神奈川への移住相談が1.5~2倍に増えました。2021年になると、この動きが全国化します。移住の取り組みに力を入れている自治体は、次々と過去最高の相談件数を記録しています。

コロナ以前から移住者は増加傾向にありましたが、コロナ禍で背中を押されて、さらに拍車がかかっている印象です。通常、相談から移住の実行まで2~3年の時間をかけていたものが、半年程度で実行するというように、判断が早くなっているのも最近の傾向です。

画像: ※資料提供:NPO法人ふるさと回帰支援センター

※資料提供:NPO法人ふるさと回帰支援センター

― 移住の形もさまざまだと思いますが、どのような希望が多いのでしょうか。

都心から縁もゆかりもない地方へ行くのが「Iターン」、これが相談者全体の6割です。地元から東京に出てきて、また自分の地元に戻るのが「Uターン」。2011年の東日本大震災の直後は、復興を支援したいという若者が地元に帰ったために東北を中心に「Uターン」が増えましたが、今は3割程度で固定化しています。そして残りが、地方から東京に出てきて、埼玉や千葉など近郊に移住する「Jターン」です。

インターネットで地方の情報を調べることができます。相談前に下調べをしているケースも増えたため、希望するエリアが明確な人が多いですね。相談後にエリアが変わる例は少ないものの、それでも2~3割の方はいくつかの選択肢で迷っています。当センターには44都道府県1政令市の相談ブースがありますので、気になる場所は相談員に話を聞くことができます。

画像: 移住を考える人々が集う「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の様子。ふるさと暮らしを希望する生活者の増加という時代の要請を受け、2002年11月、全国の消費者団体、労働組合、農林漁業団体、経営団体、民間団体や有志などが一堂に集い設立された

移住を考える人々が集う「NPO法人ふるさと回帰支援センター」の様子。ふるさと暮らしを希望する生活者の増加という時代の要請を受け、2002年11月、全国の消費者団体、労働組合、農林漁業団体、経営団体、民間団体や有志などが一堂に集い設立された

― 移住希望者の年齢層にも変化がありますか。

この10年くらいで、特に若者の相談者数が増えていますね。2011年は全体の7.1%だった20代が、21年には22.2%に増えています。現在は20代、30代が全体の半数を占めている状況です。20代は東京でまだ少ししか働いていないけれど、コロナ禍をきっかけに地元や地方での転職を決心するケースが多いようです。

コロナ禍では、東京で子育てをするのは不安も多いとの考えから、環境のよいところで子育てをしたいというファミリー層も多いですね。一方で、女性の単身移住も増えています。若い女性の中には地方で有機農業をしたいなど、志を持って地方に移住しているケースもよく見受けます。

画像: 各自治体のブース周辺には、その土地の強みを生かした魅力的なパンフレットが所狭しと並ぶ

各自治体のブース周辺には、その土地の強みを生かした魅力的なパンフレットが所狭しと並ぶ

― 移住が関東近郊から全国に広がったとのことですが、その中でも人気のエリアはありますか。

2021年の相談件数トップは静岡県でした。もともと東海道の宿場町で人の出入りが多い地域で、地域性としても移住者を受け入れる態勢が整っています。富士山も見られて気候も温暖。条件がいいんですよね。そして2位は福岡県です。移住者への丁寧な対応ができているのが理由でしょう。全体の傾向としては、東京から新幹線で1時間~1時間半圏内が人気です。遠くても、福岡、広島、仙台といった中核都市は人気ですね。

やはり、移住者の受け入れに本気で取り組んでいる自治体には人が集まっています。サテライトオフィスを構えて企業を誘致している地域もありますし、群馬県のみなかみ町はテレワーク移住のための補助金を出して話題になりました。それぞれの自治体が受け入れ態勢を整えるためにさまざまな工夫をしています。

― テレワークをするとなると、通信環境が整っていることも重要ですね。

確かに、以前はWi-Fiなどの通信環境が整備されていることは重要でした。ただ、多くの自治体がデジタル化に力を入れ始めているため、改善されてきている場所が多いです。徳島県の神山町や和歌山県などは早くから通信環境の整備に取り組んでおり、スタートアップ企業の誘致にも成功しているのは有名な話です。

憧れだけではなく誰とどんな暮らしをしたいのかを明確に

― 移住者の受け入れに力を入れている自治体が人気とのことですが、具体的にどんな環境が整っていると人気なのでしょうか。

移住環境における条件は大きく3つあります。一つは住む場所です。空き家をリフォームして提供する「空き家バンク」の取り組みが全国に広がっていますが、住む場所を自治体がバックアップできることが第一条件ですね。

画像: NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長 高橋公氏は「移住に際しては憧れだけではなく具体的な暮らしをイメージして準備を進めることが重要」と強調する

NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長 高橋公氏は「移住に際しては憧れだけではなく具体的な暮らしをイメージして準備を進めることが重要」と強調する

それから、仕事です。今の移住者の大半は現役世代。働かなくては生活できません。当センターではハローワークの分室を設置しており、全国の求人情報を提供しています。テレワークが進んだとはいえ、東京の企業に雇用されながら地方で働ける人はごく一部というのが現実です。地方で新たに仕事を探す人が大半なので、仕事が確保されていることが第二の条件です。

最後は、受け入れ側の態勢です。よそ者を拒む文化があるような場所は難しいですね。自治体を中心に、移住者を受け入れようという雰囲気や仕組みができているエリアはやはり人気です。

― 東京から地方に行くと、その地域になじめないのではという不安もありそうです。

実は、当センターができた20年前は、地方になじめず東京に戻ってくるという失敗事例が多くありました。しかし、この数年で状況は随分変わってきています。

Uターンにしても、皆さん胸を張って地元に帰ります。それだけ、地方移住が市民権を得てきたのだと思います。受け入れる側も、移住者を歓迎する雰囲気に変わりつつあります。実際に移住した成功者の声がインターネットを中心に蓄積されていることも大きいと思います。

― 地方の受け入れ態勢が整っていく一方で、移住者側に必要なことは何でしょうか。

移住は憧れだけではできません。移住をしようと考えたら、「誰と」、「どこで」、「何をして」暮らすかをしっかりシミュレーションする必要があります。ここが曖昧だと、失敗するケースが多いんです。我々相談員も、中途半端に提案せず、具体的に地方での暮らしがイメージできるまでしっかり寄り添うよう心がけています。

 

画像: ※写真はイメージ

※写真はイメージ

東京一極集中から多様な価値観へ 理想の暮らしを地方で実現

― 実際に移住した方の声を聞くことはありますか。

相談者が実際に移住したかどうか、すべての方の動向を追えるわけではありません。ただ、自治体と連携しているため、移住者の声はよく届いています。例えば、広島では移住者の作文コンクールを実施し、私も審査員を務めました。

作文では、

●「田舎暮らしへの偏見がなくなり、むしろ東京にいた頃より便利な生活を送っている」
●「シングルマザーとして子どもと移住。移住仲間とのコミュニティーもでき、家族全員が無理なく暮らせて、笑顔も増えた」
●「車の免許も、転職に有利な資格もなかったところから、移住をきっかけに一念発起。資格取得と再就職に成功し、地域の人々ともつかず離れずの“ちょうどいい”暮らしを楽しめている」

といった移住者のリアルな声がたくさん集まり、私も非常に感動しました。

― 今後、地方移住の動きはどのように変化していくでしょうか。

高度経済成長期、企業も人も東京に一極集中した時代には、確かに東京には夢や希望がありました。しかし、リーマン・ショックや東日本大震災、そして今回のコロナ禍を経て、東京は以前ほど住みやすい場所とは言い切れなくなってきています。また、何より人々の価値観が多様化してきているということだと思うんですね。今はその過渡期だと思います。特に、近年移住希望者が増えている20代、30代はとても発想が自由で、価値観も多様化しており、彼らが地方で活躍するような成功事例がどんどん増えています。

それが地域での暮らしの再評価にもつながっています。これから先、さらに多様な暮らしを地方で実現する成功事例がより一層増えれば、移住者の数も右肩上がりに拡大していくと思います。我々も自治体との連携を強めながら、移住希望者の望む暮らしを実現できるよう支援していきます。

画像: 【Profile】 NPO法人ふるさと回帰支援センター 理事長 高橋 公(たかはし ひろし) 1947年生まれ、福島県出身。早稲田大学中退、77年自治労本部入職、97年から連合へ出向、社会政策局長。環境省中央環境審議会臨時委員、食を考える国民会議委員、農水省「食と地域の『絆』づくり」選定委員会委員、東日本大震災義援金配分割合決定委員会有識者代表委員、いわき応援大使などを歴任。2002年に認定NPO法人ふるさと回帰支援センターを設立し、理事長となる。

【Profile】
NPO法人ふるさと回帰支援センター 理事長
高橋 公(たかはし ひろし)
1947年生まれ、福島県出身。早稲田大学中退、77年自治労本部入職、97年から連合へ出向、社会政策局長。環境省中央環境審議会臨時委員、食を考える国民会議委員、農水省「食と地域の『絆』づくり」選定委員会委員、東日本大震災義援金配分割合決定委員会有識者代表委員、いわき応援大使などを歴任。2002年に認定NPO法人ふるさと回帰支援センターを設立し、理事長となる。

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