急激な変化を遂げた街・豊洲。ユニアデックスの社屋があるこの土地を、もっと見たい、知りたい! 豊洲で働く人、豊洲に関わりのある人にフォーカスして、仕事現場を訪ねます。

かつて豊洲駅近くに2軒、枝川地区に3軒あった銭湯が、今では「白山湯」一軒だけに。ここは、知る人ぞ知る都内で最初に「炭酸泉」を取り入れた銭湯です。ぷちぷち弾ける気泡が特徴の炭酸泉は、ぬるめの湯にゆっくり浸かると体の芯まで温まります。午後3時のオープンに合わせ近隣のみなさんが集まってくる、地域の社交場&憩いの場「白山湯」。

トヨスの人第5回は、「白山湯」の3代目、白田敏博さんにインタビュー。

白田さん 私はここ枝川で生まれて、白山湯の3代目です。小学生の頃かな、学校の友達が風呂に入りに来ると、浴槽の奥にある扉を開けて「おーい白田、来たぞー」って叫ぶんですよ。家とつながってるんです。「今、行くよー」ってこっちも叫んで、一緒に風呂に入っていました。当時、風呂が遊び場みたいなもんですよ。調子に乗って騒いでいると、「こらっ、倅」ってお客さんに怒られたりしてね。昔は、頑固親父がいたわけです。子どもを、ちゃんと叱っていましたよね。「うっせーよ」なんて口答えすると、うちの父がそこらへんに置いてある廃材を持ってきて、俺にケツバットですよ。「静かに入ってろ」って。お客さんたちは「ほーら、怒られた」って笑ってる。そんな時代でしたよ。

画像: 白山湯3代目の白田 敏博さん 。脱衣所には、ラジオ局のイベントで絵師が描いた富士山と子どもたちが描いた絵が飾ってある

白山湯3代目の白田 敏博さん。脱衣所には、ラジオ局のイベントで絵師が描いた富士山と子どもたちが描いた絵が飾ってある

今はガキ大将もいなければ、頑固親父もいないですね。大騒ぎもしないけど、風呂の入り方がわからない子どもが増えています。タオルを持たないで、そのまんま風呂場に入って行っちゃう。おいおい、どうやって体を洗うんだ? そのままビショビショで上がってくるの? って思います。子どもたちに「浴育」っていうのをやりたいな、と思うんですよ。風呂の入り方を知ってもらって、その子らが大きくなった時に、今度は親子で銭湯に来てほしい。

砂町地区で駄菓子屋をやっていた父方の祖父母が、この近くにあった「金剛湯」っていう共同風呂の管理を任されて枝川にやってきたのが、うちの始まりです。その後、今の場所で「白山湯」を始めたのが、昭和20年代後半。当初から水は水道水です。ここは埋め立て地だから、井戸がないでしょう。2001年の夏までは、燃料に廃材の薪を使っていました。煙突が古くなって、何かあったら怖いと思ったのと、煤が出るもんだから隣近所に悪いなあという気持ちもあってね、煙突をやめて、ガスに切り替えたんです。その時に、浴場も今の形に大幅に改装しました。

画像: 風呂場の桶や椅子は消毒液のタンクに一晩漬けておき、翌日の営業前に洗い流す

風呂場の桶や椅子は消毒液のタンクに一晩漬けておき、翌日の営業前に洗い流す

画像: 父の敏郎さんが歯ブラシを使って床のタイルを磨く。驚くほどのスピードで手を動かす

父の敏郎さんが歯ブラシを使って床のタイルを磨く。驚くほどのスピードで手を動かす

うちの父が小さかった頃は、朝学校に行く前におじいさんと一緒に薪にする廃材をもらいに行っていたみたいです。昔は豊洲周辺には工場があったから、廃材が手に入りやすかったんじゃないですかね。大八車は相当重くて、坂道をジグザグに通っていると、通りすがりの人が一緒に押してくれることもあったらしいです。

うちの母は石川県の出身ですけど、母の兄が北砂で「丸八湯」っていう銭湯をやっていたので、手伝うために東京に出て来たんです。それでうちに嫁に来たから、銭湯から銭湯に移って来たって感じですね。その丸八湯も、今年廃業しちゃったんですけどね。

父、母、私。営業時間の受付は、3人でローテーションを組んでいるんです。番台は、平成に入ってすぐにやめたんじゃないかな。私はね、一度も番台に座ったことはないんです。若い頃は、何だか恥ずかしいっていうのもあるでしょ。それに親にも番台に座れとは言われなかったから。

番台じゃなくなったことで、目が届かないっていうのはあります。冬場は特に体調を崩したり倒れちゃったりする人がいるから、気をつけなくちゃいけません。でも、お客さん同士、顔見知りだったりするんで、何かの時には声をかけやすいんじゃないかな。年配の人たちは、いつも同じ時間に来るんです。顔が見えないと、「あの人来てないわねえ」ってことになる。1人暮らしのお年寄りも多いから、安否確認にもなるんですよ。「相撲見て来たから、遅くなっちゃった」「白鵬勝った?」なんて話題で盛り上がる人もいれば、トラックの運転手さん同士「今日これから○○まで行くんだよ」なんて、仕事途中の休憩でうちに来てくれる人もいますね。お客さんの数は、私が子どもの頃に比べたら随分減ったと思うんだけど、近所の人たちが変わらず来てくれてありがたいです。

画像: 午後3時、のれんを出すのと同時に常連のお客さんたちがやってくる。受付に座る母のとよ子さん

午後3時、のれんを出すのと同時に常連のお客さんたちがやってくる。受付に座る母のとよ子さん

来年オリンピックじゃないですか。「豊洲に外国人がいっぱい来るから、銭湯にも来るんじゃない?」って言われるんですけど、どうかなあ。豊洲駅から少し離れていて、ここは住宅街ですしね。ただ日本の銭湯を体験してもらいたいなあ、とも思いますね。

私は長男だったので、ここを継ぐんだろうな、と子どもの頃からうすうす考えていたんですけど、高校を出てまずは海上自衛隊に入りました。ほんの数年のつもりが、千葉県の柏市で13年間陸上勤務をしました。自衛隊時代は、フルマラソンに出たり、富士登山駅伝にも挑戦しました。ランナーだったんですよ。先輩の紹介で、高校野球の審判もやりました。夏の県大会の審判ってけっこうハードでね、3日連続でやると体力的に相当きつくて。自衛隊を辞めた後も、審判は続けてきたんです。ただ仕事柄、時間が他の人と違うでしょう。うちは営業が夜中の0時までで、その後に掃除をするんです。父と2人で、男湯から順にデッキブラシでゴシゴシと床をこすって洗います。寝るのはそれからなんで、翌日朝早くからの試合はちょっと厳しい。時間の遅い第2、第3試合の時に、審判をやらせてもらったりしてね。今後も審判は続けていきたいな、と思っています。まあ、それが楽しみでもありますね。

画像: 営業後の深夜にデッキブラシで浴場を一通り洗い、翌日の日中は鏡やシャワーヘッド、タイルの目地など気になる部分を丁寧に磨く

営業後の深夜にデッキブラシで浴場を一通り洗い、翌日の日中は鏡やシャワーヘッド、タイルの目地など気になる部分を丁寧に磨く

うちはね、都内で一番最初に炭酸泉の風呂を始めたんですよ。ボイラーを扱う業者さんが、「炭酸泉いいよー」って言うから、「じゃあやってみるか」って。それがちょうど寒の入りの時季でね、「何でこんなにぬるいのよー」ってお客さんにさんざ言われましたよ。38度くらいで、他の湯よりぬるいんです。「ずっと入ってたらそのうちあったまるから」って言うと、お客さんはみんなして、じーっと入ってる。飲む炭酸って振ると炭酸がぬけちゃうでしょ。あれと同じで、お湯をぐるぐるかき混ぜないで、じーっと静かに入るほうがいいんです。常に一定量の炭酸を出す設定になっているんですよ。

そのうち、お客さんのほうから「夜トイレに起きなくなったよ」とか、「帰り、ひと橋越えたら体が寒くなったけど、それがなくなったよ」とか言ってもらえるようになりました。ぬるいけれど、炭酸のお湯は血流を良くして湯冷めしにくいんです。最近では、都内でも炭酸泉の湯が増えましたね。

画像: 高濃度人工炭酸泉の湯は、ぬるめの設定。他に、スクリュージェット(泡風呂)と寝風呂も

高濃度人工炭酸泉の湯は、ぬるめの設定。他に、スクリュージェット(泡風呂)と寝風呂も

毎年、年末31日のカウントダウンはここで過ごします。港の方から、ボーっと船の汽笛が聞こえますよ。でもね、子どもの頃はじいちゃんに連れられて、築地本願寺に除夜の鐘をつきに行っていたんですよ。実はね、今でも除夜の鐘をつきに行きたいなあって思うんですよね。

画像: 女風呂の壁には、赤富士のタイル絵が。床同様に、敏博さんが高圧洗浄機を使って定期的に洗浄している

女風呂の壁には、赤富士のタイル絵が。床同様に、敏博さんが高圧洗浄機を使って定期的に洗浄している

【トヨスの人のグッとポイント】

白山湯の取材時にグッときたポイントを紹介します。

画像: 女性の脱衣場には、懐かしいおかま型ドライヤーが今も現役

女性の脱衣場には、懐かしいおかま型ドライヤーが今も現役

画像: 虹色に輝く浴場の床タイル。「リラックスしてもらう所だから、清潔じゃないとね」と敏博さん。掃除に対するこだわりは親子そろって強い

虹色に輝く浴場の床タイル。「リラックスしてもらう所だから、清潔じゃないとね」と敏博さん。掃除に対するこだわりは親子そろって強い

画像: 「和」(わ)の文字の板で「沸いた」。つまり営業中の意味。そして、裏は「奴」(ぬ)の文字の板で「ぬいた」。湯をぬいたということで閉店。江戸時代に流行ったダジャレの看板だという

「和」(わ)の文字の板で「沸いた」。つまり営業中の意味。そして、裏は「奴」(ぬ)の文字の板で「ぬいた」。湯をぬいたということで閉店。江戸時代に流行ったダジャレの看板だという

画像: 左から敏博さん、とよ子さん、敏郎さん

左から敏博さん、とよ子さん、敏郎さん

白山湯
住所:東京都江東区枝川1-6-15
営業時間:15時〜24時/定休日:土曜日
※営業時間・休日は変更されることがあります
TEL:03-3645-0862

写真:阿部了 文:阿部直美

【関連サイト】

「トヨスの人」第4回:「ギソクの図書館」で、義足ユーザーとともに走る義肢装具士(2019年9月10日号)
「トヨスの人」第3回:豊洲みつばちプロジェクトの発起人(2019年7月9日号)
「トヨスの人」第2回:昭和天皇の布団を作った職人 (2019年4月16日号)
「トヨスの人」第1回:海を走るバスの運転士さん(2019年2月26日号)

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