世界各国を旅して、出会った人や食事をテーマに、執筆活動を続けてきたノンフィクション作家の中村安希さん。NexTalkでも、「世界のおもてなし」というテーマで2015年2月から連載を執筆していただいています。最近は、身近な変化に目を向けて、NPOで働く女性を取材してまとめた著書『N女の研究』(フィルムアート社)が刊行されました。究極のおもてなしや、連載の裏話、新刊の読みどころなど、中村さんに幅広くお話を伺いました。

本当のおもてなしは心を満たす

―このNexTalkで、これまで「世界のおもてなし」というテーマで第13回まで連載を執筆していただきました。今の率直なお気持ちを聞かせてください。

初めに連載のお話しをいただいたとき、正直、無理かもって思いました。世界を旅しているときも、おもてなしを期待しているわけではありませんし、改めておもてなしとは何かを考えていたこともなかったからです。でも、いろんな所で食事を振る舞ってもらいましたから、食事を通してならおもてなしについて書けるかなと思いました。それでも4、5回で終わるんじゃないかと……。編集担当の方からも、印象に残った食事からでもよいので書いていただけませんかと言われてスタートしました。

画像: ―このNexTalkで、これまで「世界のおもてなし」というテーマで第13回まで連載を執筆していただきました。今の率直なお気持ちを聞かせてください。

―すぐに終わらなくてよかった(笑)。書き続けていただき、ありがとうございます。

書き進めながら、旅の先々で出会った人や家族の顔を思い出すうちに、そのときの私の心の内もよみがえってきました。それは何かほっとすることであったり、心が温まることであったり、本当に普通の言い方でしか表現できないのですが、そうした心に響いたことがおもてなしなのだと気付きました。それなら食事を切り口にして、私が出会った人を書けばよいのだと、気持ちが軽くなって、書くスピードが速くなりましたね。

―読者にもそれぞれ心に響いたことがあったと思います。私も個人的な印象を述べさせていただくと、第4回のチュニジアでの「クスクス」、第11回のミャンマーでの「お惣菜」、第13回のシリアの「ピタパン」の話には、ちょっと涙腺が緩みました。

ありがとうございます。ちょうど、チュニジアでの話は、私の執筆動機に変化が出てきたころの話ですね。隣国のリビアの内乱ですべてを失った男性が、心も傷つき、母国のチュニジアに戻って、人に親切にすることで自分も癒やされていこうとしている話でした。すべてを失った人から、私はごちそうを振る舞われたのです。究極のおもてなしですよね。

―中村さんにとって、一番印象に残っているおもてなしは何でしょうか。

チベットの山奥で出会った、おばあさんからいただいた白湯(さゆ)ですね。もう何年も使っているだろうという、決してきれいとはいえないお椀をぼろぼろになった布でぬぐい、白湯を出してもらいました。比較してはいけないのかもしれませんが、日本ではあり得ませんよね。でもそのときの白湯はおいしかった。チュニジアのときもそうでしたが、決して豊かではない暮らしの中でいただくおもてなしは、心に染み入ります。本当のおもてなしの食事や飲み物は、胃の中ではなく、心を満たしてくれるのだと思います。

画像: ―中村さんにとって、一番印象に残っているおもてなしは何でしょうか。

時間を共有することで生まれる出会い

―中村さんのように、旅先で人と深く関わるのはなかなかできることではないと思います。

パックツアーでは無理でしょうね。私はだいたい長期滞在します。それに、もともと私は人に興味があるのです。それと食べ物。ですから私はキッチンに入り込むのが大好きです。キッチンは、どこの家にもあります。キッチンは生活の一つですし、そこから見えてくる人柄もあると思います。

―中村さんはこれまで何十カ国も回り、ときには危険な目にも遭われたと思います。この人が信用できるかどうかはどうやって判断されるのですか。

先ほど述べたチュニジアでも、同行していた人から、「どうしてあの男が信用できると分かったのか」と聞かれました。連載の中でも書きましたが、私の答えは、信用に足る人かどうかはどうでもよいことです。ただ穏やかなときを一緒に過ごし、楽しい食卓を囲めれば、それだけで十分なのです。

でも本当のことを言うと、私はちょっとしたことでも“びびる”タイプで警戒心は強いほうなのです。旅行客にありがちな、海外に出たら急に心が大きくなってしまうようなことはありません。

―“びびる”タイプとは意外です。でも素敵な方と出会うのが上手です。

ほとんどの場合、こちらから挨拶をして話しかけることが、人と出会うきっかけにはなりません。例えば道ばたの露店に毎日のように通ってお茶を飲んでいて、同じ店にいる人と時間を共有しながら一緒に過ごす中で、何となく会話が始まる。そうしたことから出会いが生まれます。チュニジアの男性は、私に現地語で話しかけてきました。もし、何らかの意図や下心を持って外国人に接するときは、英語を使いますよね。私も現地語は話せないから、お互いに一所懸命に会話をつなげようとする。そうした中で、信用は生まれていくのではないでしょうか。

画像: ―“びびる”タイプとは意外です。でも素敵な方と出会うのが上手です。

身近に感じた変化に興味を持つ

―さて、このたびNPOで働く女性を「N女」と題して取り上げた『N女の研究』を刊行されました。最近では、LGBT(性的少数者)に取材した『リオとタケル』など、問題意識のあるテーマを選ばれているように見えます。

私は問題意識で書いているわけではありません。私の身近にいる人に興味を持って書いているのです。人との出会いは、日本でもあります。その意味では国内にいても旅の一環と言ってもよいかもしれません。ただ、私の身近で変化してきていることがある。それっていったい何だろう、という興味です。

―「N女」も、中村さんの近くにいらっしゃったのですね。

NPOなどのソーシャルセクターに務めている人は、ボランティア精神や奉仕の気持ちが強く、社会的な上昇志向も決して強くないような方が多いのだと思っていました。しかし、ふと周りを見渡したら、新卒でNPOを選択したり、キャリアアップの一つとして捉えてNPOに転職したりする女性が多かったのです。そうした女性は、どういう動機を持っているのだろうという興味が湧いてきました。

―NPOで働く女性の意識は変化していますか。

ビジネスマインドが強く、仕事としてNPOを一般企業と同様に位置づけている人が多かったですね。確実に世の中は変わってきているのだと、N女の取材を通して実感できました。

画像: 『N女の研究』(フィルムアート社)

『N女の研究』(フィルムアート社)

―今、中村さんが興味を持っている対象は何でしょうか。

今は、むしろごく普通の人に興味があります。一般的な企業で働くビジネスパーソンが毎日通勤して働くこと。それが私には新鮮に見えるのです。

―中村さんは、いつも身近なことに興味を持つのですね。仕事においても身近な課題からビジネスが生まれることがあります。身近な課題から物事を広げていくコツのようなものはありますか。

コツかあ……分からないですね。ただ、やっぱり人間が面白い。一番難しくて興味を持てる対象です。そういう意味では、人に興味を持つことから始めるのはいいかもしれませんね。

画像1: ―中村さんは、いつも身近なことに興味を持つのですね。仕事においても身近な課題からビジネスが生まれることがあります。身近な課題から物事を広げていくコツのようなものはありますか。
画像2: ―中村さんは、いつも身近なことに興味を持つのですね。仕事においても身近な課題からビジネスが生まれることがあります。身近な課題から物事を広げていくコツのようなものはありますか。
画像: プロフィール 中村安希(なかむら あき) 1979年京都府生まれ。2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『N女の研究』。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。

プロフィール 
中村安希(なかむら あき)
1979年京都府生まれ。2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『N女の研究』。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。

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