最近、ロボット技術が脚光を浴びています。政府が定めた「日本再興戦略」の成長戦略を加速する6つの「改革2020」プロジェクトの1つにも「先端ロボット技術によるユニバーサル未来社会の実現」が挙げられています。そのプロジェクトで中心的な役割を果たしている千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長 古田貴之氏とユニアデックス未来サービス研究所員が、ロボット技術の応用やこれからの社会の在り方について語り合いました。
「ものごとづくり」で、新たなカテゴリーをつくり出す
小椋 古田先生は、これまで長くロボットの研究をされています。そこで、ロボット研究を続けてこられて、一番意識されたのはどんなことかお聞かせください。
古田 大切なのは、目的と手段が逆転しないようにすることです。研究の目的は、世の中をどう元気にするか、いかに人々の生活の質を上げていくか、そのために生き生きとしたサービスをどう展開するかです。ロボットはあくまでツールなのです。
ところが、エンジニアがよく陥るワナなのですが、ツールの開発が目的になってしまうことがあります。本来の目的を達成するには、理想の社会の設計図であるグランドデザインを描く必要があります。グランドデザインは未来を示す羅針盤なので、それを議論せずに、ツールばかりを考えても、未来は開けません。
小椋 我々の活動も5年10年先の未来社会の変化を予測し、その未来像を目標にどのように実現するかをさまざまな分野の企業と考え・企画しています。古田先生のアプローチにとても共感できます。先のことを考えてグランドデザインをつくるのは、慣れていないと大変なことです。そのためいろいろな仕掛けを用意して発想できるようにしています。多くのエンジニアが未来社会をデザインできるようにしていきたいと考えています。
古田 おっしゃる通り「社会をつくる」という観点はとても大切です。いくつかの日本メーカーは、技術的には大変優れたスマートフォンをつくっていますが、アップルのiPhoneに負けてしまいました。その理由は簡単で、エンジニアが「ものづくり」に走ってしまったからです。iPhoneの正体はネットワークを中心にしたIoTのサービスで、音楽や動画の配信、コミュニケーションなどiPhoneを取り巻くサービス全体が1つの「ものごと」として存在しています。一方、日本のメーカーがつくったのはツールだったのです。私は、「ものづくり」より「ものごとづくり」が重要だと考えています。まず新しいカテゴリーやサービスを提案して、新しいゲームの土俵をつくらなければいけません。
パーソナルモビリティー「ILY-A」でライフスタイルを提案
小椋 古田先生のロボットたちは、利用する現場をよく観察され斬新なデザインになっているように思えます。いま関心がある分野では、どのように未来を描かれているでしょうか?
古田 未来とは現在と不連続な世界ですから、グランドデザインはゼロから考えていかなければなりません。今、私が最も関心のあるテーマが少子高齢化社会です。その中で、2015年10月、アイシン精機と共同で開発したパーソナルモビリティー「ILY-A(アイリーエー)」が2015年グッドデザイン・ベスト100を受賞しました。
ILY-Aのポイントは、あらゆる世代の生活シーンで利用できるようにしていることです。例えば、ロボット技術を応用した知能化安全技術を搭載、突然の人の飛び出しなど危険を認識すると、自動的に止まります。審査員は「健常者とアクティブシニアが共存する社会を目指し、安全かつ気軽に使えて人々の行動範囲を広げる全く新しいパーソナルモビルティー」と受賞理由を述べています。ILY-Aが評価されたのは、「乗りもの」としてではなく、少子高齢化社会の未来に向けたライフスタイルの提案だったのです。
齊藤 少子高齢化社会に向けてどのような未来をつくりたいと考えているのですか。
古田 皆でわいわい盛り上がる活気のある社会をつくりたいのです。ILY-Aはそのためのツールの1つです。新しい社会をつくるためにはツールだけを作ってもだめです。法律や規格づくりにも携わらなければ実現できません。私は道路交通法の改正や電気自動車の規格策定など、官庁を始め、さまざまなところを巻き込んで、「ものごとづくり」をしてきました。
高齢化社会の在るべき姿は“わいわいガヤガヤ”
小椋 私も未来予測をする上で人口問題をよく取り上げます。少子高齢化への政策などの対応はすぐに効果が現れるものではないため、現実を受け入れた上であるべき姿を描きあげることになります。高齢者が増える中で、いかにそのような社会のバランスの中で楽しい生活ができるか、全体をどう活気づけるかが大切ですね。
古田 その通りです。本当に重要なのは“ワクワク感”です。少子高齢化というと暗くて重い話になって「将来はピンチだ」となってしまいます。厚生労働省は高齢化で医療費や介護費用が膨れ上がるという話をしますが、それを聞くと、皆、自分の生活は自分で守らなければとなって、外出しなくなり、活動をしなくなり、挙げ句の果てに身体も動かなくなるという悪循環に陥ってしまいます。しかし今手を打てば、ピンチがチャンスに変わり、進化のきっかけになります。本当の高齢化社会というのは高齢者が若い者には負けないくらい世の中を動かして、皆がわいわいガヤガヤ、明るく過ごせる社会です。
小椋 少し話は違いますが、今年の箱根駅伝で圧勝した青山学院大学の勝因は「ワクワク大作戦」だったと盛んに報道されました。駅伝は、修行僧のようなメンタリティーで取り組むスポーツというイメージを持っていた向きには、とても新鮮な発想でした。おっしゃるとおり“ワクワク感”は、少子高齢化という社会問題においても、重要な考え方だと思います。
古田 人間は心と身体と社会から成り立っています。どんなに身体が元気でも、社会との関係を持たず、家にこもっていると身体が悪くなってしまいます。ですから、行動範囲が重要で、行動範囲が狭まると、身体も心も病んでしまいますが、体力の衰えた高齢者でもツールなどでアシストできれば、行動範囲を広げることができます。そこからわいわいガヤガヤが広がり、世の中が明るくなって、高齢者が安心してお金を使うようになり、経済の好循環が生まれます。
つまり、ILY-Aは少子高齢化社会をアシストするためのインフラサービスなのです。このようなツールがどんどん出てきて、アクティブシニアのユニバーサルな未来社会が実現すれば、日本は世界の少子高齢化社会のモデルになることができます。
IoTの大きなデバイスになる未来の街をつくる
齊藤 最近、ソフトバンクが発売したコミュニケーションロボット「Pepper」に興味があって、弊社でも1台導入したのですが、同じように導入されたお客さまから「どう活用してよいかわからない」と相談をいただくことが多いです。Pepperのようなコミュニケーションロボットが普及するために必要な条件は何だとお考えですか。
古田 ロボットについて、多くの皆さんが勘違いしています。そもそもロボットとは何でしょうか。手足があることや人に似せた動きを楽しむことではありません。ロボットは「感じて、考えて、動く、賢い機械」の総称です。形はどうでもよく、掃除機に入れば、お掃除ロボットですし、エアコンに入れば、賢いエアコンになります。生活の質を向上するための手段として、ロボットの活用があるのです。「どうしたらロボットを活用し普及させられるか」という質問は、目的と手段が逆になっているのだと思います。
齊藤 生活の質を向上させる取り組みとして、私たちのようにITを生業にしている企業に期待していることは何でしょうか。
古田 大きな期待を寄せているのが、ヒトの運用保守サービスです。コンピューターの運用保守サービスを、人間の生活にも適用できると思うのです。例えて言うならば、運用は人が動き回れるようにすること、保守は人のメンテナンス、サービスは人と人をつなげてコミュニティーを再生することです。御社のような運用保守サービス事業者には、自分たちの強みを生かして、このようなサービスに取り組んで欲しいと思います。
小椋 現在ユニアデックスでは、IT機器を中心とした運用保守サービスを長年提供しています。近年では急速に多くのモノがネットワークに繋がり、人もその環境の中に存在しています。ご指摘されたように、我々はこれまで培ったノウハウをこのような社会で生活するすべてを対象として、運用保守ができる方向に進めれば、安心安全な社会づくりに貢献できます。今後は機械だけではなく、ビル、自動車、生活機器などのさまざまな企業と連携し、トータルにサービスを提供できれば実現できます。
古田 まさに「共創」の考え方ですね。今の社会はコンピューターネットワークがすべての基盤になり、そこにいろいろな機器が接続しています。人の生活をよりよいものにするためには、さまざまな組織と共創して社会をつくることが重要です。その中でも、保守サービスを提供する会社は人に一番近いところにいるのです。ですから本当に頑張ってほしいと思います。
齊藤 最後に、先生が進められているグランドデザインを描く取り組みについて教えてください。
古田 2020年に東京オリンピック・パラリンピックがありますが、そこで未来の社会を体験できるようにする取り組みを始めています。政府が進める「日本再興戦略」に基づく内閣府のプロジェクトで、お台場、成田、羽田、明治神宮周辺などで、ロボット技術を使って、未来の街をつくり、いろいろなサービスを提供するのです。未来の乗り物、先端的なインフラサービス、自動翻訳。
ユニバーサルに年齢や国籍に関係なく、オリンピック・パラリンピックを体感できるようにします。街全体が大きなプレイヤーとなり、IoTの大きなデバイスになるのです。そこに向けて、あらゆる分野の人たちと共創して、未来を創り出していく大きな一歩にしていこうと考えています。
~ディスカッションを終えて~
古田さんはロボットをつくっているのではなく、私たちの生活がより良いものとなるような「社会のグランドデザイン」を描きたいという気持ちを持った方だと実感しました。ロボットというと機械そのものだけを見てしまいがちですが、何のためにロボットをつくるのか、生活をどうやって豊かにするのか、というグランドデザインをきちんと考えないと未来は開けないということを再認識しました。また、当社が提供するITサービスはより人の生活の向上に直結していくという期待が大きいことを改めて感じ、未来サービス研究所の取り組み方向を照らしていただいたようにも思います。