「プロフェッショナルから学ぶ仕事の心」第20回
皆さんは「山師」という仕事をご存じでしょうか。健全な山林を守り育てるため、過密になった木々の間伐や枝打ち、植樹などを行いながら、次世代に向けて山林を適切に維持管理するプロフェッショナルです。今回は、そんな山師と、森の木々を用いた創作活動を行う「Wood Artist」という2つの顔を持つ高橋 成樹さんにお話を伺いました。山林と真摯に向き合う日々の中で、高橋さんはSNSなどを通じて山師の正しい姿や想いを伝えてきました。森を守りながら、目の前にある木を生かして作品を生み出すことの意義や山を守る仕事の心に迫ります。

山に入ると、ありのままの自分でいられた

― 山師という仕事との出合いを教えてください

祖父が山を持っていて製材業を営んでおり、父が大工だったこともあり、幼い頃から木が身近にある環境で育ちました。休みの日があれば友人と遊ぶよりもひたすら山に行くような生活でした。そのためか、今も山師をしていて「仕事」という感覚は正直ないんです。僕にとって山へ入ることは、毎日歯磨きをするのと同じくらい自然なものなので。

今も少しそういうところがあるのですが、子どもの頃は特に周りの目を気にしてしまう性格でした。でも山には人がいないから、寝癖がついていようがどんな服装であろうが、見ているのは一緒に山に入ってくれた祖父だけ。ありのままでいられて、とても気が楽でした。

画像: 山師・Wood Artist 高橋 成樹さん

山師・Wood Artist 高橋 成樹さん

― 高橋さんの活動は、多くのメディアで取り上げられ始めています。注目されることについてはどう感じていますか?

注目されること自体は好きなんです。山の魅力を発信していきたいという想いがあるので、メディアに出ることはとても嬉しいです。ただ、個展ではほとんど話さないので、僕が作者だと気付かれないことも多いんですよ(笑)。

実は、山師になる前に他の仕事も考えたことはあります。でも、進学について検討している時に、親や先生に林業学校を勧められて。山が身近だったこともあり「それならずっと高知にいられるし良いな」というくらいの気軽な気持ちで、隈研吾さんが校長先生をされている高知県立林業大学校に入学しました。

山師の仕事は山を守ること。そして、未来へつなぐ循環の仕事

― 山師として働くようになり、何か感じたことはありますか? 山師の仕事内容に対する世間的な誤解も多いと伺いました。

山師という仕事があまりにも知られていないことをひしひしと感じました。山師と言うと「何それ?」という反応から始まります。たとえ知っている人がいても、その中には「森林破壊をする人」といった悪いイメージを持っている方もいらっしゃいます。しかし、実際に行っていることは、山を守ることなんです。

今、国内の山林では伐採期を迎えた木が増えています。その木をそのまま放置しておくと、山の土に光が届かなくなり、湿った状態が続いて山全体の環境が悪化してしまいます。そうすると、大雨をきっかけに土砂崩れなどの災害が起きる原因になります。また、山からきれいな水が流れなくなり、漁業や農業にも影響が出てしまうんです。

その他にも、木は大きくなればなるほど二酸化炭素を吸収してくれるイメージがあるかもしれませんが、木が年を取ると逆に弱っていきます。若い木の方がたくさん二酸化炭素を吸収し酸素を出すため、古い木を伐採してまた新たに植えるという循環を繰り返していくことで、健康な森が保たれるんです。

― 山師として日々どのような仕事をされているのですか?

山師の仕事には、木を切った後に新たに苗木を植える仕事や、成長している木を何年もかけて管理していく仕事などさまざまあります。その中で僕は、木を伐採して山から搬出する、山師としての仕事の最後の工程を担っています。およそ15メートルから20メートルほどの木を伐採し、建築材などに利用するため山から下ろしてトラックに積み込むまでを行う。こうして搬出された木は、皆さんの家や家具などに使われます。

画像: 「木は年を取ると弱っていきます。健康な森を保つには、古い木を必要に応じて伐採し、また新たに植えるという循環を繰り返すことが大切です」と高橋さん

「木は年を取ると弱っていきます。健康な森を保つには、古い木を必要に応じて伐採し、また新たに植えるという循環を繰り返すことが大切です」と高橋さん

― 学校卒業後は会社員として山林に関する仕事に携わり、その後、山師として独立されたと伺いました。Wood Artistの活動のために独立されたのでしょうか。

いえ、Wood Artistの活動は独立当初はしていませんでした。会社員時代も、休みの日には祖父に呼ばれて山仕事を手伝っていたのですが、周りの年配の職人さんたちが「もう(体力的に)しんどい」「後継ぎがいない」と話しているのをよく耳にしていました。

その時、「僕がいるじゃないか」と思いながらも、祖父になかなか「後を継がないか」と声をかけてもらえなかった。まだまだ認められていないようですごく悔しくて。それなら、独立して一人前の仕事ができるようになろうと思ったのが大きなきっかけでした。

「Wood Artist」としての作品作りは、山師への誤解を解くための挑戦だった

― 作品づくりを始めた背景を教えてください。

「山師ってこんなに役に立つ仕事だよ」と口で伝えようとしても、なかなか聞いてもらえない、伝わらないのが現実です。そこで木で何か作品を作り、それを見て興味を持ってもらえたら、山師の仕事について伝えやすくなるのではないかと思ったのがきっかけです。

そこで、木を加工する機材を買って初めて木のコップを作ってみたら、とにかく楽しくて。仕事が終わってから夜中まで制作に没頭するほどでした。作り始めた当初は、友人や知り合いのカフェなどに作品をプレゼントしていましたね。

作品が広く知られるようになったきっかけは、知り合いのウェディングプランナーの方から「ウェディングケーキ用のスタンドを作ってほしい」と依頼されたことでした。完成したケーキスタンドをSNSに投稿したところ、あるスタイリストさんが興味を持ってくださり、とんとん拍子で東京での個展開催が決まりました。

その個展にはさまざまな方が足を運んでくださり、ありがたいことに初めての個展で展示した作品はすべて完売となりました。その後もSNSを通じて情報が拡散されて、自分でも驚くほどのスピードで認知が広がっていきました。

画像: 桜の木を用いて作られた、高橋さんのシグネチャーであるケーキスタンド。木材の割れ目をそのまま生かすのも高橋さんの作品の特徴

桜の木を用いて作られた、高橋さんのシグネチャーであるケーキスタンド。木材の割れ目をそのまま生かすのも高橋さんの作品の特徴

― Wood Artistという肩書きも素敵ですね。木を使い、作品を創作する上で大切にされていることはありますか?

「木工作家」という肩書には少し違和感があったんです。雑貨店に並ぶようなかわいらしい、ほっこりした木の作品をイメージされることが多いので。そんな時、ちょうど雑誌の編集者さんが「Wood Artist」という肩書を提案してくれました。響きも良いなと気に入って使っています。

作品には、世間的に必要とされていない木を使うようにしています。山林に放置されている木、台風で倒れてしまった木、価値が低いとされ安価で譲ってもらった木など、その時々に出合った木を使っています。

そもそも僕は、「廃材」というものはこの世に存在しないと考えています。木は、捨てる部分が一切ないんです。作品を削った際に出る木くずさえも、農家さんが肥料にしたり、焚き火に使われたりします。すべての部分が、何かに有効活用できるんですよ。

「無」から生まれる唯一無二の作品

― コップの制作からスタートし、今では作品の規模感も多岐にわたりますが、作品の着想はどのように生まれているのでしょうか?

これが本当に「無」の状態から生まれるので、説明するのが難しいんです。ただ、木の大きさによって作れるものが変わってくるので、まずはそこから考えます。小さい木だからケーキスタンドにしよう、というように。作るものが決まれば、あとは感覚的に作業を進めています。

ものづくりはすべて独学で始めたので、僕の作品は、見方によっては荒削りな部分があると思います。製材業をしていた祖父からすると、割れている木を使うことに対して「そんなものが売れるのか」なんて言われることもあります。

祖父が厳しい職人気質というのもあるかもしれませんが。でも、これ以上手を加えるとただの「きれいな作品」になってしまう。木の表情や僕ならではの表現と、一般的な美しさの絶妙なラインを狙って、感覚で作っているんです。なので、日によって仕上がりは変わりますし、去年の作品と今年の作品も、似たような形状をしていてもまったく違うものになります。すべてが唯一無二なんです。

画像: 表情豊かな木目を生かした椅子は、座ってみると真ん中が少しだけへこんでいます。長時間座っていても疲れにくく、年月が経つと自分に合った座り心地になります

表情豊かな木目を生かした椅子は、座ってみると真ん中が少しだけへこんでいます。長時間座っていても疲れにくく、年月が経つと自分に合った座り心地になります

― 最近は個展の開催など、Wood Artistとしての活動が増えてきたのではないでしょうか

2025年はWood Artistとしての活動が多くの割合を占めていますね。ただ、理想は山師とWood Artistの仕事を半々にすること。やはり、山に行くと「いいな」と心から思います。山が好きで、山で作業している自分自身も好きで、仲間たちとたわいない話をしながら作業をするのも楽しいんです。今はまだWood Artistの活動を始めたばかりなのでしばらくはこの状態が続くと思いますが、将来的にはバランス良く両立させていきたいです。

作品制作で心がけているのは、他者の木の作品は影響されてしまうので見ないようにしています。逆に陶芸や石などの木と異なる素材でできた作品からは、インスピレーションをもらうことがありますので、よく見ます。ただ、物を見るよりも人に会って話す方がよりインスピレーションが湧きますね。自分とは違う業界の方と会って、話を聞くことで、自分にはない発想を知ることができるんです。

― 命の危険も伴う山師の仕事と、繊細な作品を生み出すアーティストとしての活動。この2つの顔は、高橋さんの中でどのように捉えていますか?

切り替えのスイッチのようなものはないですね。木を伐採して持ち帰るところから作品作りが始まるので、2つの仕事が明確に分かれている感覚はありません。

また、山師や山自体の魅力を広めるには発信力が必要です。その点で、アーティストとしての活動は重要だと感じていますし、山師としてもきちんと現場に立ち続けるというスタンスを大切にしています。

山に興味を持ってくれる人が増えることが、山を守ることにつながる

― 今後の展望について、挑戦したいことや目標があれば教えてください

今後挑戦したいのは、スケール感のあるオブジェ作品の制作です。新しい機械を導入して、5メートルもの大きな作品が制作できるようになりました。直近では、高輪ゲートウェイシティに高さ1.4メートルほどの大きな壺を置かせていただきました。また、2025年10月に予定している松屋銀座さんの展示でも大きな作品を展示するのでぜひ見に来てほしいです。

海外でも個展を開きたいという想いもあります。今でも海外の方が作品を買いに来てくださるので、作品自体は世界に渡ってくれていますが、僕自身の手で自分の作品を海外に持っていくのは1つの夢です。輸送費などの問題もあってハードルは高いですが、いつか実現したいですね。

画像: 木の作品と紙の作品のコラボレーションなど、新たな取り組みにも挑戦している

木の作品と紙の作品のコラボレーションなど、新たな取り組みにも挑戦している

― ユニアデックスのサービスの1つにシステムを「守る」仕事があります。山師も山を「守る」仕事で、親和性があると感じました。最後に、読者に向けて伝えたいメッセージをいただけますか?

これをきっかけに、山に少しでも興味を持ってほしいですし、山を守る山師という職業を少しでも知ってくれたらうれしいです。普段なかなか意識することはないかもしれませんが、山は私たちの生活になくてはならない存在です。例えば、何か木製品を使う機会があるなら日本の木材を選ぶといった行動でも構いません。そうして山に意識を向けてもらうことが、やがて日本の山を守ることにつながっていくと信じています。

画像: プロフィール 高橋 成樹(たかはし なるき) 山師、Wood Artist。1997年、高知県香南市生まれ。高校卒業後の2016年、高知県立林業大学に入学、林業を学ぶ。2017年に会社員として林業の世界へ。2020年に山師として独立した後、Wood Artistとしての活動も始める。これまでに、都内から地元・高知まで、数々の個展や展示販売を行っている。2025年10月15日~21日に松屋銀座で個展を開催予定。

プロフィール
高橋 成樹(たかはし なるき)

山師、Wood Artist。1997年、高知県香南市生まれ。高校卒業後の2016年、高知県立林業大学に入学、林業を学ぶ。2017年に会社員として林業の世界へ。2020年に山師として独立した後、Wood Artistとしての活動も始める。これまでに、都内から地元・高知まで、数々の個展や展示販売を行っている。2025年10月15日~21日に松屋銀座で個展を開催予定。

撮影協力:伊勢丹新宿店 本館5階 ISETAN HOME ESSENCE
ISETAN HOME ESSENCEは、現代を生きる作り手たちの作品から、流行や既存の枠とは無縁の名作やヴィンテージ、アートピースまで、国内外のアイテムを独自のコンセプトで編集・発信しつづける、ライフスタイル セレクトショップです。

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