数年前からにわかに盛り上がりを見せているサウナ。サウナ愛好家を「サウナー」、入浴後の解放感を「ととのう」と表現する。こういったサウナ関連ワードも多くの人が認知するところとなっています。ちまたではサウナ関連のイベントなども多数開催され、今や数々の高級ホテルもサウナを集客コンテンツの1つにするなど、旅行業界をも動かす一大旋風。このサウナブームの火付け役、プロサウナーにしてサウナー専門ブランドTTNE代表でもある松尾大さんにお話を伺いました。
プロサウナーの原点は父親との銭湯
―松尾さんはサウナ施設のプロデュースやさまざまなメディアを通してサウナの素晴らしさを伝える活動を行っています。松尾さん自身がサウナに引かれたきっかけを教えてください。
小学生の頃に父親と行った銭湯で初めてサウナに入りました。サウナ室よりも、その後に入る水風呂が気持ちよかった。熱くなった体が一気にクールダウンしていく感覚が、小学生ながらにとても心地いいなと感じたんです。それからサウナに夢中になり、20代前半には世界各国のサウナを旅して回りました。
―実際に訪問されたサウナで印象に残っている施設を教えてください。
トルコなら「ハマム」、韓国なら「汗蒸幕(ハンジュンマク)」とその国ごとに特色のあるサウナがあって、サウナを目的にした海外旅行って本当に面白いんですよ。これまで約40カ国を訪れていますが、アメリカ・アリゾナ州の山奥にある先住民のサウナには衝撃を受けました。
まずサウナに入る前に山に独りぼっちで入って5日間の断食と断水を経験するんです。手渡された寝袋と御守りだけを持って野宿。夜は4℃に冷え込み、オオカミの鳴き声が聞こえてきます。飢えと恐怖と闘った5日後に先住民が迎えに来てくれる。そしてようやくスウェットロッジという先住民のサウナに連れていかれるんです。サウナに入ると、水分のないカラカラの体が蒸気を吸い込んで、命を再び与えられたかのような至福の感覚を味わいました。
―趣味だったサウナ巡りが仕事になったのは、どのような経緯なのでしょう。
世界中のサウナを旅しているうちに、愛好家の間でちょっと知られた存在になったんです。僕は北海道出身なので、「北にすごいサウナ好きがいるぞ」という感じで。そして、サウナ界にはもう1人、有名人がいた。“サウナ師匠”のニックネームで知られる秋山大輔さんです。2016年に初めてお会いして、あっという間に意気投合。一緒にヨーロッパへサウナ旅行をしようということになりました。フィンランドのサウナに入りながら、「こんなに大好きなサウナに何か恩返しをしたいな」という話で盛り上がり、2人でサウナのリブランディングに挑戦しようと決意しました。
斬新な手法でサウナのイメージ刷新を図る
―リブランディングとは、具体的にどんなイメージを描いていたのでしょうか。
当時のサウナは負のイメージが強いものでした。男性客が中心で、おじさんが汗だくになりながら我慢し続ける姿を連想する人がほとんどだったのです。それを、年代も性別も問わないおしゃれでかっこいいイメージに変えたかった。それこそ、10代、20代の若者がデートで使いたくなるようなスポットにサウナがなれるといいなと。イメージを変えるためには大きなムーブメントが必要です。その一歩として、まずは経営者や文化人、時代に敏感な人にサウナの魅力を発信していこうと考えました。
―それはどうしてでしょうか。ブームをつくるには、間口を広げて大勢を取り込むことを意識するのが一般的だと感じます。
それが違うんです。今、ブームの起点になるのは、経営者や著名人など、人々の憧れになるような人たち。そういう方々の暮らしぶりは気になるし、憧れますよね。彼らが「サウナっていいよ」と情報を発信すれば、サウナのイメージはアップしていく。SNSの影響力が強い現代だからこそ、この手法がうまくハマってサウナ愛好家の裾野が着実に広がっていきました。
―リブランディングの戦略はどのように進めていったのでしょうか。
ブームには強力なブランドが必要です。ランニングにはこれ、というように、ブームを先導するブランドがあります。でも、サウナにはブランドがありません。「ないならつくればいい」と共にリブランディングを手掛ける秋山さんと盛り上がり、一緒に考えて立ち上げたのが「TTNE PRO SAUNNER」というブランドです。「Saunner(サウナー)」とブランドロゴの入ったTシャツやパーカーを着ていれば「あの人もサウナーなんだ」とわかるし、会話も生まれやすくなりますよね。「身に着けたい」と思ってもらえるように、ロゴのデザインにはとことんこだわりました。
―ほかにもサウナブームを巻き起こすために、従来の常識を打ち破るような試みに挑まれましたね。
マスメディアの注目を集めようと、11月11日を「ととのえの日」に制定しました。ほかにも、素晴らしいサウナ施設を選びランキング形式で表彰する「サウナシュラン」の立ち上げや、「日本サウナ学会」の設立など、面白そうだと思えることは何でもやってみました。
本当のことを言えば、秋山さんと「サウナの記念日はあるけど“ととのえ”の記念日ってないよね?」「じゃあつくっちゃおうよ」という風に、サウナ好き同士の会話の延長でやってきたことばかり(笑)。ブームをつくるって大変な話に聞こえますけど、僕がやってることは誰でもできることなんです。記念日の制定だって日本記念日協会に登録料の十数万円を払うだけですから。
―そうしたユニークな取り組みの手ごたえはいかがでしたか。
結果としては大成功でしたね。ハイエンドのファッションメディアや経営者をターゲットにしたラグジュアリー誌、女性誌が取り上げてくれたことで、サウナブームに本格的に火が付きました。僕の予想以上に、慌ただしいビジネスの場に身を置く経営者たちとサウナの相性が良かったことも功を奏しました。サウナを巡るだけでは物足りず、自宅や別荘のほか、会社の一室にサウナをしつらえたという方まで現れ始めたんですよ。そういった面白い動きがテレビやネットでも取り上げられるようになって、「サウナに行ってみようかな」と思ってくれる人が増えていったと感じます。
多くの人がサウナに夢中になる理由
―改めて松尾さんが考えるサウナの魅力を聞かせてください。
やはり、「ととのう」ということに尽きますね。今のサウナは、一昔前の蒸し暑いサウナ室でじっと我慢する入浴法ではなく、心と体がリフレッシュされた理想的な状態になることを目指しています。体がととのえば、メリットは計り知れません。フィンランドには「サウナに入れば睡眠薬は必要ない」ということわざがあるくらい、睡眠の質が改善されます。ぐっすり眠れることで疲れも取れやすくなりますし、メンタルも安定します。海外の論文では、日常的にサウナに入浴している人の方が風邪をひきにくくなる、いわば免疫力アップに役立つという報告もされています。どうです、いいことずくめでしょう(笑)。
僕個人としては、デジタルデトックスの効果が大きいと感じています。サウナ室にはスマホを持ち込めませんから、デジタル機器から完全に離れられる。現代社会では貴重な時間です。熱いサウナの中でじっくり自分と向き合うことで、雑念のようなものが取り払われて本当に大事な考え事だけが頭に浮かんでくるし、ふとアイデアやインスピレーションが湧いてくるという話も耳にします。そして最後に水風呂に入って休憩を取ると、「再起動」するように頭も体もシャキッとする。ここがお風呂と違う大きな効果です。お風呂は、緊張や疲れを和らげますがシャキッとはしません。短時間でリフレッシュできるので、普段忙しい人こそサウナに夢中になっている印象がありますね。
―サウナの効果的な入浴法を教えてください。
推奨されている入浴法は、「サウナ→水風呂→休憩」のサイクルの繰り返しです。サウナと水風呂で両極端の熱さと冷たさを感じることで、体は交感神経が優位な状態になります。その状態のまま外気浴などで体を休憩させると、一気に副交感神経が優位になり、ぎゅっと収縮していた血管を解放。体がリラックスモードに包まれます。入浴時間に決まりはなく、人それぞれでよいと思います。入浴前に「10分間、我慢しよう」というように時間を設定するのは一番ダメですね。「そろそろ出ようかな」と感じた時が、上がり時。何度か入浴するうちに、自分にふさわしい入浴時間がわかってきます。あくまで一例ですが、僕は「そろそろキツいな、と感じてから100秒数えてサウナ室を出る」というやり方をしています。
―最後に、今後の展望をお聞かせください。
サウナを一過性のブームで終わらせず、「あって当然の“カルチャー”」というレベルまで押し上げたい。各家庭にはトイレのウォシュレットや、お風呂にはシャワーがあるのが当たり前ですよね。当時は革新的だったものが現在は当たり前の存在になっている。僕はサウナをそのレベルにまで持っていきたいんです。そのために、これまでになかった製品をプロデュースしていきます。具体的には、家庭用コンセントで使える100ボルトのサウナなどです。ビジネスには、真逆の発想が重要。今は、「サウナは出向いて、温浴施設やホテルで楽しむもの」という意識が定着しています。その意識を、「家庭で楽しむもの」に変えていく。常識をくつがえすところに、ビジネスの商機はあると思います。そんな真逆の発想で、これからもサウナの世界を盛り上げていきたいです。