ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みをご紹介する「IT×○○」。今回お話をお伺いしたのは、株式会社KAKEAI代表取締役の本田英貴さんです。ニューノーマル時代において重要性が増す上司と部下の関係づくり。同社が開発・運営する1on1プラットフォーム「カケアイ」がどのように人と人のコミュニケーションをサポートしているのか、またサービスを立ち上げるきっかけとなったご自身の経験を伺いました。
上司と部下の「かけ違い」をなくしたい
― 「上司と部下のコミュニケーション円滑化に特化するシステム」を開発されたきっかけを教えてください
私は以前、大手企業で人事の仕事に携わっていました。その時に感じていたのが、働きやすさは「一緒に働く上司が誰か」によって変わり、部下の生産性や離職率も違ってくるということです。人事の立場から上司のマネジメント力強化に取り組んでいましたが、日常で行われるコミュニケーションを現場に任せている現状にもどかしさを感じていました。
一方で、当時は私自身も人事部の管理職という立場でした。30代前半で抜擢され、仕事が楽しくて仕方ない時期。そんな時に始まったのが、上司からも部下からも評価を受ける360度評価。「チームのメンバーとは丁寧に向き合っている」そんな自負を持っていたのですが、いざ受けた評価は散々たるものでした。「あなたには誰もついて行きたくないって、知ってます?」と匿名で添えられたコメントは今でもはっきり覚えています。それから、メンバーに仕事を振ることができなくなり、心身に不調をきたして休職しました。
休職中に徐々に思い至ったのは「自分が良かれと思っても、部下にとってそれが良いとは限らない」ということです。言葉にすれば当たり前のことなのですが、上司と部下の言葉や意識の「かけ違い」は至る所で起こっていて、双方とも満足のいくコミュニケーションが取れていません。他の誰かに自分と同じ失敗を繰り返してほしくない。そんな思いから、上司と部下の最適なコミュニケーションをサポートするサービスをつくりたいと考えました。
「現場に負担をかけないこと」が最優先
― ご自身の経験をばねに誕生したサービスの内容とメリットを教えてください
簡単に言うと、「カケアイ」は、AIを活用したクラウドシステムです。一例を挙げると、1on1ミーティング(以下1on1)を行う際には、部下は「話したいテーマ」と「上司に求める対応」を事前にセレクトして上司に送ります。用意された項目からボタンで選ぶだけなので時間もかかりません。
上司は1on1の前にミーティングテーマと「具体的なアドバイスがほしいのか?」「話を聞いてほしいのか?」など、部下が希望する対応を知ることができます。また上司の特性から、ミーティングテーマが自分にとって得意か苦手かをAIが判別して表示してくれるので「部下の話が終わるまで話し始めないように気を付けよう」「アドバイスが欲しいようなので事前に回答を用意しておこう」「今回は得意なテーマだからいつも通りに臨もう」など具体的な心の準備も可能になります。
この事前フローを取ることで、部下は悩みを聞いてほしいだけなのに「俺の経験ではね…」なんて上司がたっぷり話してしまう「かけ違い」を防ぎ、1on1における対話の質を上げることができるんです。
コロナ禍で、企業はさまざまな課題を抱えました。その中には「リモートワークなどにより業務はきちんとできているが、部下の力を引き出せていないと感じる」「対面の時とは違って、コミュニケーションが上手くとれなくなった」などが挙げられます。
実は2019年頃は、「人事(担当者)向け機能」の開発に注力していたのです。人事が現場の実態をつかめたり、異動や評価などの人事施策に生かせたり。しかし、日常的にカケアイに触れていただくのは、人事ではなく現場のマネジャーやメンバーの皆さまです。優先すべきは人事のための機能ではなく、現場の皆さま向けの機能のはずです。コロナ禍によって引き合いも激減していたこともあり、真の顧客を再定義し「現場の上司と部下」向けの機能開発に注力したところ、「上司と部下のコミュニケーションギャップを解消したい」と思っている企業のニーズにフィットし、導入いただける企業が増えました。
― まさに面談のDXをされたのですね!特許も取得されたと伺いました
例えば、「カケアイ」は全国で行われている1on1をケーススタディ化し、データを蓄積しています。このデータを基礎に「上司の特性×部下の特性×1on1のテーマ」などの状況に応じてAIの分析に基づいたアドバイスを上司へ提案します。これも複数取得している特許を生かしている機能の一つです。各種の技術を組み合わせることで、今日どこかの企業で「カケアイ」を使って行われている1on1のケーススタディがデータとして保存され、それを明日、別の企業のマネジャーが参考にすることができるんです。「カケアイ」は企業の枠を超えてこれまでマネジャー個人の中に留まっていたメンバーへの関わり方の知見を流通させることで、属人的なマネジメントからの脱却を可能にします。
― 反響はいかがでしょうか?
実際に導入された企業のマネジャーやそのチームメンバーの方からは、「『カケアイ』は使っていて楽です」「時間をかけずに1on1の対話の質を上げられます」というお声をいただいています。また、日々更新される全国のケーススタディのデータに基づいてアドバイスしてくれる「お薦め上手!」と好評です。そういった声が寄せられると、とてもうれしいです。
「カケアイ」は人事に関するサービスですが、お客さまは人事担当者ではなく現場の最前線に立つ上司と部下です。現場の負担にならず、安心して使用できることが最大のメリット。先にお話した通り、リリース当初の「カケアイ」は人事向けのサービスでした。しかし、導入企業の評価は芳しくなく、ヒアリングと分析を重ねた結果「人事が現場に何かをさせるサービスでは限界がある」という結論にたどり着きました。現場が人事に提出するアンケート一つをとっても「誰に見られるかわからない」という気持ち悪さがあるので、本音が書きづらい。また、人事が現場を把握するために、現場の人に業務以外の作業が発生してしまう――。こうした側面も鑑みて、“人事目線”ではなく“現場目線”のサービスへと大きく方針転換することにしました。
「上司と部下が1on1でどんな話をしているのか」「その日の1on1について部下がどんな評価を付けているのか」といった「カケアイ」上でのやり取りは、人事は一切見ることができません。人事に開示するのは、「この上司の方、◯◯なコミュニケーションはとても得意です!しかし、▢▢は苦手です」など、人事が現場やマネジャーをサポートするために有効な客観的な情報のみにとどめています。
―上司と部下の理想的な1on1サービスが生まれたわけですが、アドバイザーとして脳科学者の方などがいらっしゃいますね
はい。脳神経学や経済学の専門家にもチームに加わってもらっています。私たちのミッションは「あなたがどこで誰と共に生きようとも、あなたの持つ人生の可能性を絶対に毀損させない」です。しかし、現実は運や偶然に大きく左右されながら「どこで働くか」「誰と働くか」も決まっていきます。脳科学に基づいた相手への最適な関わり方を考えながら人と関わることや、経済学におけるマッチング理論を用いて個人の現在のスキルや希望と企業側ニーズをつなぎ、「個人の成長」という視点での副業提案や社外メンターとのマッチングなど、ミッションを実現するためにさまざまな手段を模索し続けています。
世界中で「KAKEAI」のナレッジを共有したい
― 今後の展望を教えてください
2020年9月に「カケアイ」英語版をリリースしました。今後は世界中に「カケアイ」を広めていきたいと考えています。
2年前、日本企業で初めて世界のHR tech(IT技術とHR分野が融合したサービス)スタートアップ30社に選出され、ラスベガスで「カケアイ」についてスピーチをする機会をいただきました。その際、人種、国籍、宗教の違いが明確な海外では、日本以上にコミュニケーションへのアドバイスが求められていて「カケアイ」のニーズが高いことを実感しました。
コミュニケーションは世界共通。日本で蓄積したナレッジはそのまま海外でも活用されていますが、海外で導入する企業が増えれば、アメリカの上司と部下が行った1on1のアドバイスをフランスの上司と部下に提案するといったように、世界中の人々の、人との関わり合い方を大きく変えられます。
私たちが上司と部下の「かけ合い」をサポートすることで、世界中の組織の中で個人の可能性が最大限に生かされることを実現したいと思っています。