ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みを紹介する「IT×○○」。今回お話をお伺いしたのは、JX通信社代表取締役の米重克洋さんです。米重さんが創業したJX通信社はAIがSNSの膨大なつぶやきの中から、事件・事故・災害の速報や、社会的に関心のあるニュースをいち早くつかみ、配信・報道するサービスを手がけています。テクノロジーを活用し、ニュース報道そのものにイノベーションを起こしている米重さんに、報道業界が抱える課題と今後目指していく報道の在り方について伺いました。
報道産業の在り方や働き方を変革したい
——JX通信社をひと言でご説明ください。
JX通信社は、「テクノロジーで ‶今起きていること″ を明らかにする報道機関」を目指す報道ベンチャーです。新聞社などの報道業界は、多くの仕事を人間に強く依存してきたため、非常に労働集約的な環境になっています。こうした要因から起こる金銭的・人的負担の課題をテクノロジーで解決することをミッションとしています。目標とするのは、これまでの報道機関と違って「記者はいない、支局もない、でもニュースがいちばん速い」という「仮想通信社」です。
——設立のきっかけを教えてください。
実は、中学生の頃に自分自身で航空業界のニュースサイトを立ち上げたんです。世界中の航空業界に関するプレスリリースを日本語に翻訳して掲載することを数年間続けました。ピーク時にはPV数が30万件程度になりましたが、広告収益は小遣い程度。「ニュースサイトは収益性が低い!?」と感じたことが原体験の1つです。同じような時期に、市民記者が情報発信するニュースサイトが登場しましたが、数年でその多くが閉鎖しました。マネタイズの難しさをここでも痛感し、2008年のJX通信社設立へとつながっていきます。
「JX」という社名の由来は、「仮想通信社を ‶日本から″ ‶クロスメディア″ で実現したい」との思いから名付けています。この意味で当初は、「コンテンツを各メディア間で共有し、報道制作コストを下げる」ことを構想しました。ですが、各媒体に必要とされる情報量や傾向の差異などもあり、うまくいきませんでした。こうした経緯から構想の中身は、AIなどのテクノロジーを活用し、人間にしかできないことを人間ができるようなソリューションを提供する方向へとシフトし、現在へと至ります。
——AI活用としても望ましい方向かと思います。
テーマは「報道のワークフローをいかに自動化するか」という点でサービスを開発しています。例えば、報道機関や公共セクター、一般企業などに提供している「FASTALERT」は、SNSを巡回して緊急情報や事件・事故・災害の発生情報をいち早く察知し、速報を届けるサービスです。担当者がSNSをウオッチしなくても、AIを用いて情報収集し、報道前にいち早く配信するわけです。
一般ユーザー向けには「NewsDigest」というアプリを提供しています。これはWeb上に流れるさまざまなニュースの中から、報道価値のあるニュースをAIが判断して、いち早くお届けするものです。ユーザーからも「速報が非常に速い」と評価いただいています。FASTALERTと共通の技術で開発しており、重大ニュースの多くをスマホでいち早く知ることができる仕組みです。
AIがニュース素材を収集・価値判断し、速報で配信
——どのような仕組みでニュースを抽出し、報道価値を判断しているのでしょうか。
実は2011〜2012年にかけて、「Vingow(ビンゴ―)」というアプリを開発し、サービス提供していました。ユーザーが任意に登録したキーワードから適切なニュースを自動収集し、配信するものです。これは、当時の自然言語処理技術を実装して、その分析結果からニュースをカテゴライズする仕組みでした。
ただ、当時は日本語の自然言語処理技術がまだ発展途中でした。例えば、日本語は英語のように単語と単語の間にスペースがなく、助詞や動詞の活用区別があいまいで、十分な分析ができないなどの苦労がありました。英語の自然言語処理技術で用いられていた文章の分解や新しい固有名詞の判別などの手法もそのまま適用できません。
本当に言語の違いには苦労しました。研究・開発を重ねてようやく、記事内容を分析し、「カテゴリ分け」が可能なAIエンジンにたどり着きました。このカテゴリ分けが自動化のポイントです。情報を分類し、データ蓄積することで1行程度の短い文章でも、「事件・事故・災害といったどのカテゴリに分類されるのか」「報道価値がどれくらいか」などをAIが瞬時に判断できるようになります。その技術は、現在のFASTALERTやNewsDigestに引き継がれています。
——試行錯誤の歴史なのですね。ぜひ報道価値を判断するアルゴリズムについても教えてください。
なかなか答えにくい質問ですね(笑)。具体的なスコア付けは機密になるので詳しいことはいえませんが……。NewsDigestの場合、「テレビのニュース速報に出るかどうか」などを1つの基準としています。過去に報道機関が発した速報に含まれるキーワードや傾向などを分析したうえで「これならニュース速報に出る」という基準を設定し、配信するアプローチを行っています。
実際、テレビ報道の現場にはマニュアルもあるでしょうし、何を速報で出すかは属人的な判断もあると思います。ですが、過去のニュース速報実績を蓄積していくと、言語化できない基準も見えてきます。そこを言語処理技術や機械学習で探り、「これなら速報されるだろう」という確度の高いものをいち早く配信しています。
FASTALERTの場合は、先ほどご説明したAIエンジンを用いて膨大なSNS上の投稿情報から、さまざまな種類の事件・事故・災害情報を幅広く網羅しながら全国のどこで、何が起きているかを分析して配信しています。
― SNSで流れる誤認や間違った情報にはどのように対処しているのでしょうか。
FASTALERTは、SNSから必要情報をすくい上げ、場合によっては一般報道前に流すのでホットなニュースも上がってきます。ですが、フェイクや誤認に関しては、テクノロジーで99%は排除できる状況です。災害写真や事故写真の場合、誤認または故意に「これはあの地震直後の画像です」と間違ったものを掲載すると、これまで蓄積した画像データを解析して、過去に同じものがあったら「間違った情報」と判断し、取り下げるようにしています。
また、FASTALERTは報道機関や一般企業向けのサービスなので、その情報を報道するかどうか、現場のチェックが入ります。報道機関の担当者が、正当な情報かを判断できるように解析画面も配慮を施しています。この「テクノロジー」と「現場の目」の2段階の判断で、誤ったニュースが拡散しないように努めています。おかげさまで、FASTALERTがきっかけで誤った情報が拡散した事例はこれまでありません。
より付加価値の高いニュースを社会で享受できるようにしたい
——報道とテクノロジーの融合は今後、どのように進んでいくのでしょうか。
テクノロジーの利活用によって、記者が報道ネタを足で回って探したりSNSの投稿を一つひとつチェックしたりすることなく、「いま」をリアルタイムで把握できる点は大きなメリットです。これにより、本当に取材や分析が必要なニュースに人手を割けるようになり、その一方で情報入手のスピードが格段に速くなります。この速報性は、当然ながら一般ユーザーにとっても役立ちます。事件や事故・災害について現場の詳しい状況が即時に受け取れるようになるからです。
また、これまで報道機関が気付かなかった小さな事件や事故などもSNSなら網羅できる利点もあります。加えて、現場のSNSユーザーが写真や動画付きで情報を発信することで、不確かな伝聞ではない、正確な情報も即時に入手できることになる。これは報道機関とニュースの受け手、双方に大きなメリットです。
しかし、デメリットがあるとすれば、視聴率を稼ぐ目的で「速報至上主義」に傾く可能性があることでしょうか。多くのメディアは、いわゆる広告ビジネスで、いかに長くユーザーに視聴・滞在してもらうかを金銭に変換しています。この構造を変えないと、本質的な部分が変わらないと思います。この点についても、じっくり考えていきたいですね。
——ありがとうございます。では、最後に今後の展望をお聞かせください。
報道機関、特にジャーナリズムの中核を担う新聞社は、取材などのコストと収益バランスが合わず、縮小傾向にあります。すぐに解決できる問題ではありませんし、体力がなくなる新聞社も出てくるでしょう。解決するには、産業構造の転換が必要です。
「人間が人間にしかできないことに集中して、AIなどのテクノロジーにできることはテクノロジーに任せる」ことでコストを下げ、適正な収益も上げる付加価値の高いコンテンツを制作する。ここにかかっていると感じます。
いま当社で扱っている情報は、事件・事故・災害の情報が中心ですが、ニュースはそれだけではありません。今後も、多様な観点から報道価値のあるものを幅広くデジタル世界から抽出していきたい。テクノロジーの活用による自動化という軸を保ちつつ、配信するニュース内容をいかにバラエティに富んだものにしていくかが、これからの挑戦です。