腕時計型のウエアラブル端末が登場したのが2012年1月のInternational CES。イタリアのI’m Watch社が開発し、ソニーもモックアップを見せた。この時はウエアラブル端末という言葉はまだなかった。グーグルが眼鏡型の端末をグーグルグラスと発表した同年6月から急にウエアラブルという言葉が流行るようになった。さらに、サムスンが腕時計型の端末「ギア」を発表したころからウエアラブル端末と呼ばれるようになった。果たして、ウエアラブル端末は大きな市場となるのだろうか?

これまで取材した限り、ヘルスケアビジネスとの相性が良く、ウエアラブル端末単体というよりはヘルスケア・医療関係の用途が実用化の可能性が高いようだ。
その理由は3つある。まず、時計型ウエアラブル端末はスマートフォンと連携して動作することが多い、ということだ。時計型端末は、スマホに電話やメールがかかってきたことを知らせてくれるだけで、基本的にそれ自体で通話はしない。あくまでもスマホが中心となる。

ふたつ目の理由はファッション性だ。腕時計に向かって話すというシーンは一般の人々には受け入れられない。ゴーグル型のヘッドマウントディスプレーの提案は20年前からあるが、いまだに受け入れられていない。第3の理由は、体に密着していることだ。体の調子を表す体温、心拍数、血圧などのパラメータを測定するのに向いている。

一方、ヘルスケア・医療の側からは、現在の医療問題のソリューションとしてウエアラブル端末が注目されている。救急患者のたらい回し、病院のベッド不足、医師不足などの問題を一気に解決できる切り札となりうるからだ。今や、ウエアラブル端末というICTで病気の予防、早期発見、支援が可能な時代になってきた。
腕時計型や体に張り付けるタイプをはじめとする、ヘルスケア向けのウエアラブル端末の利用シーンとそのメリットを見てみよう。

ヘルスケア用途では、体に張り付けて体温や心拍数、血圧などを測定するモジュールが欧米で登場し、実用化が始まっている。このモジュールには、センサーやマイコン、送信機などが搭載されている。無線によってモジュールからスマホに測定データを送り、さらにスマホからインターネットを通じて医師の元に送る。モジュールから3GやLTEなどのモバイル通信ネットワークで直接送る、スマホを通して送る、独自の通信方式で送る、など、データ連係の方法にはいくつかのバリエーションがある。しかし、消費電力が最も低いのはスマホへ送る場合だ。送る距離が短くて済むからだ。

画像: 図1 トゥマウズ社の測定パッドの大きさ(右)と装着する患者(左) 出典:IMEC

図1 トゥマウズ社の測定パッドの大きさ(右)と装着する患者(左) 出典:IMEC

ヘルスケア用途での実績も出ている。英国のファブレス半導体メーカーの一つ、トゥマウズ社が行った臨床実験において、同社は米国カリフォルニア州サンタバーバラにあるセントジョンズヘルスセンター(病院)で約1年間に渡り入院患者にこのモジュールを装着させた。心拍数と呼吸数、体温を常時測定し、24時間データを医師や看護師に送っているため、彼らは4時間あるいは6時間ごとに患者を巡回する必要がなくなった(従来は医師が他の患者の巡回中や留守中に急変しても駆けつけるのに時間がかかっていたそうだ)。

入院患者の具合が突然悪くなると医師や看護師がすぐにその患者の元に駆けつけ、治療する。早期発見・早期治療が促され、1年間の入院患者の入院日数は平均で6日間減った。この結果、入院費用は平均9004ドル減少した。
トゥマウズ社のこの「SensiumVital」は将来、絆創膏程度の大きさまで小型化することを理想としている。医師や看護師が24時間、患者から物理的に離れていても状況を把握できるので、来院する必要が減り、離島や山奥に暮らす人たちの健康管理を支援するツールになる。

運動能力の開発からリハビリまで

英国ではさらに、アスリートの肉体の活動状況をウエアラブル端末で検出し、そのアスリートにとって最適なアドバイスを送るプロジェクトを推進している。ロンドンにあるインペリアルカレッジ(Imperial College London)は、センサーネットワークを利用してスポーツを科学的に解析し、理想的な体を作り上げ、オリンピックで金メダルを増やすという目標を立てていた。

このESPRIT(Elite Sport Performance Research in Training)研究では端末の開発だけではなく、センサー信号と身体能力との相関関係、統計的データ処理、身体能力を増すための器具の調整などのソリューションを開発した。幸い、大学にはデバイスからコンピューターアーキテクチャー、独自OSをはじめとするソフトウエア、モデリングと数値計算、生化学、物性材料など、このスポーツテクノロジーを開発するために必要なリソースが揃っていた。

スポーツテクノロジーにおいて、トレーニング中のアスリートの生化学変化を測定することが、運動成績を支えるメカニズムを理解する上で欠かせない。運動している人間の体液(汗や唾液、血液)を広い範囲に渡りモニター、時にはセンサーを皮膚の下に埋め込み血糖値を定常的に測定することもある。このようなバイオマーカー(体液)の変化と身体能力や回復の程度などから、最適なウォーミングアップ方法や、短時間の回復方法を見つけようとしている。

例えば、自転車競技や車いすのバスケットボール競技では車体にも回転速度や回転数などのデータを取り込み、最適なトレーニング法との関係から個々のアスリートに最も適した練習法を見つける。また、優れたアスリートと平均的な人間とは、運動している状態からの回復時間が大きく違うため、その差を定量化し、回復能力の早い優秀なアスリートの発掘に生かすことにも応用しました。

運動選手の動きを感知するセンサーの事例としては、e-ARセンサーの開発があげられる。e-ARセンサーを耳にかけて上下運動などをすると、センサーに組み込まれたアルゴリズムが運動の状況を感知し、センサーデータと活動状況について最適化されたデータを出力する。インペリアルカレッジからスピンオフした、センシクサ社が開発した(図2)。

画像: 図2 耳にセンサーをかけて運動中のデータを採取

図2 耳にセンサーをかけて運動中のデータを採取

このe-ARセンサーは、スポーツだけではなく手術後のリハビリのデータをとるのにも積極的に使われ始めている。同社はロンドン市内にあるチャリングクロス病院と協力して、このセンサーを、術後のリハビリ用に患者に装着してもらい、姿勢や左右バランス、歩き方など患者の活動状況を捉え、データを蓄積している。例えば、膝や腰の代替手術を行った患者が英国には2010年に16万5000人もいたそうで、手術前と術後24週間までの歩行パターンのデータを収集している。健常者にも協力してもらい、患者から得られたデータとの違いや相関性を分析し、
膝や腰にかけられる体重の許容値を求めようとしている。

画像: 図3 開発ツール(右端にある3層のボード)

図3 開発ツール(右端にある3層のボード)

開発ツールも提供している(図3)。小型のプリント基板3枚からなり、それぞれカスタマイズしたり改良したりするのに使う。1枚はマイコンと無線回路、2枚目はパワーマネジメント回路、3枚目はセンサーボードだ。このシステムはBSN OS(operating system)と呼ぶ独自OSを使い、アプリケーションを運動ごとに使い分けている。1回の充電で1週間動作する。

医療機器の小型化にも貢献

ウエアラブルと呼べるかどうか明確な定義はないが、妊婦のおなかにいる赤ちゃんを簡単に見る方法も開発されている。産院に常設される超音波診断装置のハンディータイプの製品を、オーストラリアのシグノティクス社が開発した。手のひらサイズの大きさの超音波センサーでおなかをスキャンしながら体の内部を観察できる。
このパーソナル超音波診断装置は、リアルタイムで胎内の赤ちゃんや母胎の血液の流れや大動脈瘤など、血液・体液の流れ、腎臓や肝臓、心臓などの臓器を見ることができる。画像データはフラッシュメモリーに保存します。

画像: 図4 ハンディータイプの超音波診断装置 出典:Signotics

図4 ハンディータイプの超音波診断装置 出典:Signotics

この超音波診断装置はセンサー部分を有線でつないだ専用機だが、スマートフォンをモニターとして使い、センサー部分の信号をスマホにBluetoothなどで送れるようにすれば、患者が自分のスマホを見ながら、体を観察できるようになるだろう。その場合にはアプリケーションソフトをダウンロードできるように用意する。妊婦が赤ちゃんの様子を自分で観察できるようになれば、安心するだろう。

Bluetooth Smartと呼ばれる低消費電力の近距離通信規格がウエアラブル端末とスマホとをつなぐテクノロジーとして注目されている(図4)。ランニングシューズに埋め込み、歩数や速さなどのデータを取得して個々のアスリートに適した走法を開発する。すでに一部のアスリートは使っているそうだ。面白い応用では、歯ブラシにBluetooth Smart通信機を入れておき圧力センサーで歯に充てているかどうかを検出しながら、正しい歯磨きの仕方を子供に教えるというものもある。これもランニングシューズと同様、歯磨きのデータをスマホに送り、親がチェックする。

画像: 図5 低消費電力の近距離通信規格Bluetooth Smartを使った例

図5 低消費電力の近距離通信規格Bluetooth Smartを使った例

これらのウエアラブル端末を使ったヘルスケア・医療装置は、町医者に1台の装置なら患者個人が持てる装置に小型化できる。CTスキャナーのように大病院に1台の装置なら町医者に1台持てるように小型軽量化するテクノロジーもある。同様にこういった明確な医療機器の方向付けへの意識が国内の医療機器メーカーは薄いようだ。医療機器をもっと身近なものにするためにも、新しい超小型装置の市場を広げていくことが必要だ。
これまで紹介した例は全て、外国の例だ。海外の動きと歩調を合わせて、医療の世界でのガラパゴス化を防ぐように進めてもらいたいものである。

画像: 津田 建二(つだ けんじ) プロフィール: 国際技術ジャーナリスト兼セミコンポータル編集長。1972年東京工業大学理学部応用物理学科卒業。 同年日本電気入社、半導体デバイスの開発等に従事。1977年日経BP社(当時日経マグロウヒル社)入社、「日経エレクトロニクス」、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集長、シニアエディター、アジア部長、国際部長など歴任。 2002年10月リード・ビジネス・インフォメーション(株)入社、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。代表取締役にも就任。

津田 建二(つだ けんじ)
プロフィール:
国際技術ジャーナリスト兼セミコンポータル編集長。1972年東京工業大学理学部応用物理学科卒業。
同年日本電気入社、半導体デバイスの開発等に従事。1977年日経BP社(当時日経マグロウヒル社)入社、「日経エレクトロニクス」、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集長、シニアエディター、アジア部長、国際部長など歴任。
2002年10月リード・ビジネス・インフォメーション(株)入社、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。代表取締役にも就任。

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