農業の生産性を高める
まずは、前回紹介した農業の例を挙げる。 図1は、センサーを使って大気の温度と湿度、土壌の湿度、pH値、葉の水分などの物理量を測っている様子だ。果物や野菜が最もおいしい値を求めておけば、水をまくタイミングや頻度などを調整できる。農業への応用では、センサーを使ってこれらの物理量を測定し、そのデータをモバイル通信ネットワークによってクラウドへ送る。農家はクラウドからそのデータを毎日チェックし、いつどのタイミングで水や肥料を与えるべきなのかを農地から離れていても指示できる。経験のある農業従事者でなくても農業に参加しやすい。
IoTでは、各センサーが葉や土壌の水分などを測り、そのデータを効率よく飛ばす手段として、センサーからセンサーへと比較的短い距離を送り、最後にゲートウエーからインターネットへ飛ばす。遠くへ飛ばせば飛ばすほど消費電力が大きくなるため、できるだけ少ないエネルギーで近くへ飛ばすとセンサー1台の消費電力は少なくて済む。インターネットのクラウドへ届けるのは最後のゲートウエーだけでよい。低消費電力無線ZigBeeやZ-Wave規格のようなメッシュネットワーク構成は、ゲートウエーがインターネットにつなげる役割を担う。ゲートウエーだけ電源ラインを確保していれば済む。
災害予測、事故予防にも活用
自然災害の被害を防ぐのはやはり人間の知恵であろう。噴火を予測する試みを、米ハーバード大学が行っている。同大学のコンピューター科学の准教授Matt Welsh氏は、IoTセンサーを火山の周りに配置し、その振動を調べている。振動パターンを世界中の火山で調べ歩いている。地震や噴火前の振動を検出したら、センサーからセンサーへデータを送る。ゲートウエーからモバイルネットワークを通して、ベースキャンプのコンピューターに送り、地震や噴火を知らせる。まだデータに乏しいが、噴火の予測ができるようになれば登山禁止を通知できるようになる。
橋やトンネルの劣化をIoTセンサーによって常時チェックして事故を未然に防ぐことも可能になっている。東京大学と韓国のKAIST(韓国科学技術院)、米国イリノイ大学は共同で、韓国のジンド大橋にIoTセンサーを配置し、橋を通るクルマによる振動を調べている。この実験では、橋梁を吊っている太いワイヤーに振動センサーを設置し、橋の床にもセンサーを配置している。
IoTセンサーは、人間が届かないような高所に設置されており、電源を確保できないため、ソーラーパネルと2次電池を利用している(図2)。昼間はソーラーから電源を取り、夜はソーラーによってためられた電池を電源とする。センサーからの振動信号はA-D変換され、マイクロコントローラーでデジタル処理されデータとして記録される。データはセンサーからセンサーを経由してゲートウエーに送られ、そこからモバイルネットワークを経てクラウドに運ばれる。振動パターンに異常があれば、劣化の兆候とも取れるから、その部分を詳しく調べることで、劣化かどうかを判断する。
橋だけではない。このようなセンサーネットワークをトンネルに配置すると、中央自動車道笹子トンネルの天井板が落下したような事故は防げるはずだ。古いビルディングや巨大な化学プラントなどの壁の亀裂や継ぎ目の劣化を検出して、爆発や崩壊などの大きな事故を防ぐのに威力を発揮する。
貨物列車やパイプラインにもIoTセンサーを張り巡らせて、劣化を検出し事故を未然に防ぐ試みを米国のダスト・ネットワークス社が行っている。図3の例では、車輪のベアリングの摩擦温度をIoT温度センサーで検出し、手動ブレーキの稼働状態もモニターしている。センサー情報をクラウドに送ることによって列車の作動状態をチェックするだけではなく、GPS衛星を利用して列車の走行位置も追跡している。貴重な列車というアセットを管理する。
M2Mはモバイルネットワークと直接つながる
前回IoTの一つとして紹介したM2M(Machine to Machine)は、ワイヤレスセンサーネットワークとは異なり、1台でもインターネットとつながっている。M2Mにはセンサーとマイコン、通信モジュールが載っている。通信モジュールはセンサーからセンサーではなく、直接モバイル通信ネットワークにつながり、そのままインターネットにつながっている。
M2Mを活用したシステムとして、日本企業では小松製作所の建機にM2Mモジュールを搭載し、稼働状況を把握。盗難防止にもつなげている。建機の他にデジタルサイネージや、飲料の自動販売機などもある。デジタルサイネージは渋谷や新宿などの人通りの多い繁華街で、巨大なLEDディスプレーに広告やコンテンツを発信する装置である。自動販売機にM2Mを導入すると、ジュースが今何本残っており、どれを補充しなければならないかをオフィスから把握できる。定期的に補充して回る必要がなくなり、クルマのCO2を減らす意味でも環境に優しいといえる。
また、どのようなコンテンツをいつ流すかというコンテンツマネジメントソフトウエア(CMS)も入手可能になっている。このソフトも一つのビジネスになる。インテルがIoTビジネスに参入すると表明した時、このCMS製品も発売した。インテルは、自社のプロセッサーをIoTセンサーに使うつもりは決してない。IoTセンサーからのデータを束ねてモバイルネットワークにつなぐゲートウエー、およびそれよりも上位のクラウドコンピューティングなどのプロセッサーICを対象にしている。
セキュアなネットワークを構築
M2Mでは、セキュアな環境を作ることはモバイルネットワークにつながっているスマホやタブレットのデバイスと同じと考えてよい。しかしセンサーネットワークのようにセンサーからセンサーへデータを流していく方式では、データが盗まれやすい。
このためダスト・ネットワークス社はデータをセキュアにするため、チャンネルホッピングを利用する。この方式は、送る時の周波数を毎回変えている。例えばノードAからノードBへはチャンネル2を使い、ノードBからノードDへはチャンネル6を使うなど、次々と異なる周波数チャンネルでデータを送る。ゲートウエーまではこのようにしてデータが伝送される。次にまた、ノードAからデータを送る場合は、先ほどのチャンネル2ではなく、別チャンネルの周波数で送るようになっている。
ここで紹介したIoTは全て産業用のIoTと呼ばれるものだ。これに対して民生用IoTにはウエアラブル端末やヘルスケア端末など民生市場で使われるものを指す。現在、IoTの範疇にも入れられているパソコンやスマホ、タブレットなどは民生用IoTといえる。今後は民生用IoTだけではなく、産業用IoTが成長すると米国や欧州などでは言われている。