日本空港テクノ株式会社 業務本部 第2業務部 外商課 第2グループ 環境マイスター新津 春子 氏
航空業界の格付け会社、英SKYTRAX(スカイトラックス)社から3年連続で国内線空港世界一という称号を与えられた羽田空港。2年連続(2013年、2014年)で「世界一清潔な空港」という評価も受けています。
その羽田空港の美しさを支える清掃部門のリーダーが新津春子氏です。清掃のプロフェッショナルである新津氏の、仕事を超えた「サービスのための心の在り方」をお届けします。(※この記事は2015年7月14日に公開されたものです。肩書なども当時のものです)

昨日の自分より成長していたい

―新津さんは高校卒業以来、30年近くも清掃を生業とされているわけですが、まず、なぜ「清掃」だったのでしょうか。

父が日本人、母が中国人の私は、中国・瀋陽で生まれ育ちました。17歳の時に来日したのですが、家族5人が暮らすためには私も働く必要がありました。日本語が上手ではなかったので、言葉を交わさなくてもできる仕事の1つが清掃でした。コミュニケーションがうまく取れない分、一生懸命に仕事することでカバーしていきました。

画像: 清掃をしている新津氏 ポリッシャーで床を磨く新津氏。数十キログラムあるポリッシャーを4階まで階段で運ぶこともあるという

清掃をしている新津氏
ポリッシャーで床を磨く新津氏。数十キログラムあるポリッシャーを4階まで階段で運ぶこともあるという

―日本で清掃は3Kの仕事として避けられがちです。それでも続けてこられた理由は何だったのでしょうか。

きっかけはどうであれ、自分がこの仕事を選んだこと、携わったことは、何かの縁です。そこには責任が生じます。仕事の種類に関係なく、やるからにはその道のエキスパートとして全うするべきだと考えますし、そうなりたいという強い思いがありました。だから続けてこられたんじゃないでしょうか。この仕事でベストを尽くしていると心から思えたら、地位など関係なくなります。ただ仕事を片付けるだけでなく、より速く、より丁寧に、よりきれいにと、いつも小さな目標を立てて仕事をこなしていました。

―仕事で心がけていることはありますか。

心がけているのは、自分と自分を比べることです。
下手に先輩や仲間と比べると落ち込んだりしますが、戦う相手が自分だと楽しいんです。
昨日の自分より今日の自分が成長できているか、と。それが28年続いて今になるわけです。
私、自分を「職人」と思っています。

利用する人をイメージして働く

―ずいぶん体育会系というか、自己探究心がお強いですが、新津さんにとって、プロフェッショナルとはどのような仕事の仕方を指すのでしょう。

画像: 選んだ道具によって仕上がりが大きく違うと新津氏は言う

選んだ道具によって仕上がりが大きく違うと新津氏は言う

私の仕事でいえば、「優しい心」で清掃するということです。かつて上司だった鈴木優常務(故人。肩書きは当時)に教えていただいたことですが、優しさには「自分への優しさ」「相手への優しさ」「モノへの優しさ」があります。
例えば、長く健やかに楽に働くためには、身体に過度の負担をかけないようにするのがいい。そのためには、怠けるのではなく積極的にしかるべき技術をマスターする。そうすれば結果的に楽になります。それが「自分への優しさ」です。自分に優しければ、相手の状況にも気づいて、優しくできる。モノへの優しさがあれば、道具の選び方も違ってきます。今、私が話しているこの机だって、ふわふわしたタオルで拭かないと傷つきやすいため、輝きも保つことができないのです。ベストなやり方に気づけるのは、優しさがあるからです。

―優しさが必要だと気づいたエピソードがあれば聞かせてください。

ある日、空港内で床清掃をしていた時、親の手からすり抜けて床をハイハイする赤ちゃんを見かけたんですね。この時、「え、今手にしているモップで清掃していいの?」と考えたのです。
その時からです。仕事で、利用されるお客さまの姿をイメージできるようになったのは。
それまでの仕事は、ほぼ100%自分のためにしていました。なにしろ戦う相手が自分でしたから。ですが、それだと自己満足にしかなりません。
それが、自己満足で仕事を終えるのでなく、もっときれいな場所にしたい、どんな仕事でも心を込めてしよう、という気持ちに変わったんです。一見きれいな空間も、よく見ると汚れている場所があるもの。「これで終わり」にせず、「本当に大丈夫?」と疑ってもう一度見回すことが大切です。
ですから、心を込めて仕事をするということは、お客さまから教えていただいたのです。ただ清掃の技術を覚えるだけじゃなくて、こういう気持ちを持つことが大事。自己満足じゃ仕事に魂がこもらないです。

―清掃道具にもこだわられているのですか。

パートナーさん(協力会社)と相談して、新しい清掃道具を作ってみることもあります。洗剤も長年集めたものが数十種類ありますね。

―不特定多数の方が利用する公共空間には、マナーの悪い利用者もいらっしゃるかと思いますが、そういう気持ちを持続できるものですか。

画像: 清掃する場所、素材によって何種類ものパッドを使い分ける

清掃する場所、素材によって何種類ものパッドを使い分ける

いやいや、お客さまが汚してくれないと私たちの仕事がなくなっちゃう(笑)。トイレや洗面所って、汚い場所と思われています。だからこそ、きれいにすることで喜んでいただけます。中にはわざわざ「ご苦労さま」と声を掛けてくれる方もいらっしゃいます。確かにマナーの悪い人もいますが、面白いもので、きれいな空間は心理的に汚したくないという気持ちを持ってくださり、きれいに使ってくれるものです。
だから、きれいなのが当たり前であるようにしたい。一度利用しただけでは気づきにくいでしょうが、常連のお客さまから「いつもきれいですね」と声を掛けていただけると気持ちがぐっと上がります。誰か見ている人がいると思うと、気持ちも持続できるものです。自分の中だけの小さな満足やプライドだけだったら、こうした気持ちを持てなかったと思います。

頭を使って考えるから人間

―この4月から、指導員でもある「環境マイスター」として活動されているそうですが、業務内容や社内環境は大きく変わりましたか。

画像1: 頭を使って考えるから人間

今までは、どのように汚れを落としていくかの技術習得や担当の清掃員への技術指導が中心でしたが、これからは技術指導や知識伝達を、社内だけでなくパートナーさん(協力会社)やこの業界全体に対しても行っていく立場になりました。いったい何人の方と接するのかしら(笑)。あと、うちの会社は空港だけでなく、オフィスやビル全般の清掃を請け負っていますから、全ての現場に精通していなくてはなりません。

―自分で努力するのと、人に伝えるのでは難しさも違ってくるかと思います。

マニュアルがあれば便利でしょうが、それだけでみんながすぐに仕事を覚えられるものではありませんよね。私は1人ひとりに合ったやり方で仕事の重みについて分かってもらえれば、と思っています。初対面の人に対しても、この人はどういう性格やくせを持っているのか、どんな考え方をするのか、といったことを考えて伝えていければと思っています。アルバイトさんを含め、月に1回は顔を合わせ、仕事への感想や意見、要望を聞くようにしています。

―必ずしも自分で積極的に前に出ていくスタッフばかりではないと思いますが。

指示を待っているだけなら機械と同じ。頭を使って考えるから人間ですよね。心を込めた仕事をするには、少なくとも自分で考えることが必要です。どうやって全スタッフに技術と気持ちの両方を浸透させるか、これが現在の大きな仕事といえます。

―“気持ち”を伝えるのは技術以上に難しそうですね。

伝え方も、優しさが大切なんです。例えばいすの移動をお願いするのでも、ただ「運んで」と言っただけでは、相手の気持ちに届かないし、ただの指示です。「腰を低くして運んだ方が体に負担がかからないよ」などと一言付け加えるだけで、次の仕事の質が全く変わっていきます。何事も心を込めないと駄目なんです。こういうことを常に伝え続けていきたいです。

画像: 新津春子(にいつ はるこ) プロフィール: 1970年、中国・瀋陽生まれ。 17歳で来日し、高校時代から清掃の仕事に従事する。 1993年に日本空港テクノ株式会社に入社。 羽田空港の清掃を中心に手がけ、同空港が「世界一清潔な空港」に選出される陰の功労者として活躍する。 現在も現場に従事するとともに、2015年4月から「環境マイスター」として、技術指導や知識伝達を中心とし、後輩の育成に当たる。

新津春子(にいつ はるこ)
プロフィール:
1970年、中国・瀋陽生まれ。
17歳で来日し、高校時代から清掃の仕事に従事する。
1993年に日本空港テクノ株式会社に入社。
羽田空港の清掃を中心に手がけ、同空港が「世界一清潔な空港」に選出される陰の功労者として活躍する。
現在も現場に従事するとともに、2015年4月から「環境マイスター」として、技術指導や知識伝達を中心とし、後輩の育成に当たる。

画像2: 頭を使って考えるから人間
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