ユニアデックス 未来サービス研究所が活動を展開する未来を語り合う相互刺激の場「未来飛考空間」では、日々たくさんの妄想(未来に向けたアイデア)が生まれています。そんな場で浮かんだのが「アイデアを実際に形として実装するには何が必要なのか?」という課題でした。この問いについて、数々の新規事業を立ち上げ、ソフトウエア会社やサービス会社の代表として経営に携わり、現在、オムロン株式会社イノベーション推進本部 シニアアドバイザーで、数々のイノベーションの仕掛人である竹林 一氏と、ユニアデックス未来サービス研究所メンバーが語り合いました。

SDGsにたった1つ足りないものを見つけるところからイノベーションは始まる

八巻 私たち未来サービス研究所(未来研)は2013年にスタートし、ICTで社会を支える企業として未来に貢献できるサービスの「種」を見つけ出すための調査研究に取り組んでいます。その取り組みの1つとして「未来飛考空間」と称しさまざまな業種業界の方々が集まる場を設け、「未来妄想サロン」というアイデア発想ワークショップを開催しています。今回は、昨年の終わりにご著作『たった1人からはじめるイノベーション入門』を上梓され、独自のイノベーション論を持たれる竹林さんから“妄想”を社会実装し、イノベーションを推進していく飛躍のポイントを伺いたいと思います。ご著作、とても面白くて一気に読みました!

竹林 いやいや、恐縮です。妄想ですか、なかなか良い着眼点ですね。

金森 (竹林氏のスマートフォンのステッカーを見て)それはSDGsのロゴですか?

画像: SDGsならぬ「SDSEEDS」をあしらった自前のステッカー。SDGsの17の目標のほか、各々の得意分野18番目(十八番目:おはこ)で世の中を笑顔にすることがイノベーションを巻き起こすという

SDGsならぬ「SDSEEDS」をあしらった自前のステッカー。SDGsの17の目標のほか、各々の得意分野18番目(十八番目:おはこ)で世の中を笑顔にすることがイノベーションを巻き起こすという

竹林 いえ、これSDSEEDS(エスディーシーズ)なんです。

八巻・金森 SDSEEDS……?

竹林 SDGsは17項目ですよね。それを聞いて僕は「なんで18番目がないねん」と思ったんですよ。3×6なら収まりが良いから18番目がいるなと思って、笑顔のマークを入れたんですね。「17項目達成しても最後に笑顔がなかったらあかんやん」ということで、17の結果として笑顔を入れた。

面白いのは、日本語で「十八番」と書いて「オハコ」と呼ぶんですよ。「私の十八番は何やろか、うちの会社の十八番は何やろか」ってね。仮にSDGsの17番のなかにうちの会社の得意分野がなかったとしても、「うちの十八番で持続可能社会を作ります」って言い切ったら、その会社は世の中に貢献していると思うんですよ。17個の項目に無理やり当てはめなくても、うちの十八番で持続可能社会に貢献する。それで笑顔を入れてみました。このバージョンを、僕の愛称「しーさん」を基にSDSEEDSって言っているんです。

金森 なるほど!シーズはSeeds(種)につながりますね。

竹林 そうそう。そうやって17個の中から、あるいは自分の十八番とかを見つけていって、それを掛け合わせたらその掛け算がイノベーションにつながっていく——そう思うところから始まっています。

イノベーションを起こすために必要なのは「共通言語」

八巻  物の見方がユニークですよね。妄想を実装するのも、イノベーションを起こすのも、やはりそういう視点が必要なのでしょうか。

竹林 企業はよく「イノベーションを起こせ」、「新規事業が大切だ」と掛け声を掛けるじゃないですか。それで若手が何か提案すると「これはうちの事業領域ではない」「市場規模が小さい」「で、なんぼ儲かるん?」で終わってしまう。そんなことなら初めから「この領域で考えろ」って言ってあげないと、分からへんやろうと思いますね。挙げ句の果てには「延長線上の考えじゃダメだ、非連続で考えろ」とか言われるんですけど、そもそもその言い出しっぺが今まで非連続な事をしたことがなかったりします

なぜこんなことが起こるのかといえば、まずイノベーションの定義がないからです。だから「イノベーションをやろう」と言っても、イノベーションが起こったのかどうかもよく分からない。イノベーションとは何かという共通言語が社内にないからなんです。

元々イノベーションとは、オーストリアの経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターが提唱した概念で、これまで組み合わせたことがなかった要素を組み合わせた「新結合」によって起こる現象です。いろいろな意見を入れて、新しい価値を出したら良いというものです。日本では昔から「三人寄れば文殊の知恵」と言われてますよね。ただ、1×1×1なら1のままだけれど、そこに3とか2とか異なる要素が入れば違うものが生まれるでしょう。だから新結合と言われているんです。

イノベーションに関する学説はいろいろありますが、まずは「新結合や」ということで、共通言語を持っていろんな知恵を結合することが大事。新規事業を起こしても生産手段を変えても、同じ商品でも売り方を変えてもイノベーションだし、新しい組織を作るのもイノベーションです。その共通言語をまず持たなあかんと思いますね。

画像: 竹林氏は「イノベーションを起こすには社内で“共通言語”を持つことが重要」と強調する

竹林氏は「イノベーションを起こすには社内で“共通言語”を持つことが重要」と強調する

金森 共通言語を作ることが難しいと思いますが、どのようなプロセスで進めるのが良いでしょうか。

竹林 正直に言うと、組織に蔓延しているロスを埋めていくだけでもパワーが集約されて、新しいことが起こると思います。ただその合わせ方が難しい。僕らは何を思っているのか、どういう方向に向かうのか、抽象化してみんなに分かりやすい短いメッセージ、キャッチーな言葉で伝えることが必要だと思います。その言葉を考える時間が一番大事なポイントなんです。

話を戻すと、妄想を社会実装に移すにはその妄想を何らかの形で表現しないと、ほかの人には伝わらないんです。妄想は10年先、20年先のことを想い描いているので、そこで「中期計画でどれくらい儲かるの」と聞かれた瞬間、もうそこで合っていないんですよ。その両者をつなぐ言語に100%の力を注ぐ、その原点こそが妄想を言語化する力だと思います。

八巻 妄想を言語化するとき、難しいことが1つあると思います。それは自分ゴト化することです。お客さまや社内の人、いろいろな立場の方がいるなかで、妄想の世界観を自社や業界のなかだけでなく、あまねく伝えようとするとやはり抽象度が高くなってしまいます。しかし、そこに自分の意志入れをして、自分ゴトとして語らなければイノベーションを達成するための「熱量」が足りなくなります。ここを乗り越えるにはどのようなことが必要でしょうか?

竹林 そうですね。僕もソフトウエア会社の社長をやったり、業績不振の会社を立て直したり、いろいろやってきましたが、やっぱり必要なのは人なんです。いくらAI時代と言っても、AIが会社をつくったりビジネスやったりするわけではない、結局は人です。妄想を実装するのも人の力なんですよ。

「起承転結」人材育成とレーザー型発信でイノベーションを呼び込もう

八巻 書籍にもありましたが、改めて妄想を社会実装する人材についてお聞かせください。

竹林 それがまさに本にも書いた「起承転結」人材論です。「起」はまさに妄想設計できる人。「承」は妄想を具体化してキーワードに落とし込み、ストーリーを描ける人。グランドデザインを担う人ですね。

画像: 資料提供:オムロン株式会社 イノベーション推進本部 シニアアドバイザー 竹林 一氏

資料提供:オムロン株式会社 イノベーション推進本部 シニアアドバイザー 竹林 一氏

そうやって設計していくと、具体的な個別アイデアも浮かんできます。妄想をベースに「こんな世界ができるんちゃうか」と抽象化と具体化を両方行ったり来たりしていると、だんだん軸も定まってくる。そうなってくると、じゃあどこから手を付けようかという「転」が必要になるわけです。いわば機能設計みたいな役割ですね。

この辺りまで来ると、どんな順番が良いのかとか、KPIをどう設定するか、どんなビジネスモデルを作るのか、そういうことが見えてきます。「転」はこれらをしっかりやってくれる人なので、その後「結」の人がきっちりと動かしていく。この起承転結の4種類の人材が揃っていることがポイントです。どの役割が偉いとか偉くないとかではなく、彼らが新結合して最終的にイノベーションにつながるイメージです。

八巻 ご著作のなかで、「今一番足りていないのが『承』の人材だ」と指摘されていました。私も金森も「承」タイプを目指したいね、と話していたのですが、自分の意識を変えていくことで「承」の資質は身に付くものなのでしょうか。具体的な育成ノウハウなどはありますか?

画像: ユニアデックス 未来サービス研究所 所長 八巻 睦子

ユニアデックス 未来サービス研究所 所長 八巻 睦子

竹林 いろいろなパターンを見てきましたが、「承」は育成できると思います。「転」で実績を積み、機能設計の経験を重ねていくと、全体像が把握できるようになっていきます。「転」の経験を重ね、ファクトを集めて分析する上で、今までの発想の延長線ではなく軸をずらす訓練をする。そうしたら「承」の能力は育つと思います。

軸を変えるというのは既存の枠組みを変える、つまりリフレームすること。有名なのは旭山動物園です。あそこは動物を見せるのではなく、動物の行動を展示するというリフレーミングでイノベーションを興しました。結婚情報誌『ゼクシィ』も、3時間の結婚式のための情報誌から、結婚をスタートとし「60年の始まりの結婚式へ」というコンセプトで編集方針をリフレーミングし、付録や広告内容が広がっていったそうです。

だからイノベーションといっても、既存の仕組みやモノを否定するものではなく、逆に「うちの十八番は何や」と考え、その軸を変えていくことなんです。

さらに、抽象化する能力を上げつつも、現場が夢物語で無いと思える、付いていけると思えるくらいの具体化におとす能力も備えていく必要がありますね。

金森 「軸をずらそう」と考えると難しいですが、むしろ物事の本質を突き詰めるという感じですね。

画像: ユニアデックス 未来サービス研究所 研究員 金森 美穂

ユニアデックス 未来サービス研究所 研究員 金森 美穂

竹林 そうですね。時代とともに本質はちょっとずつ変わっていくので、次の軸やフレームを作っていく。それが僕は一番のイノベーションやと思っていて、それだったらできるじゃないですか。その軸をわかりやすい言葉で発信されると、みんながそのことを考え始める。これからはアンテナを張って待っているんじゃなくて、レーザー型で「うちはこんなことやってまっせ」「こんなこと考えてまっせ」と発信し続ける、そうするとまったく別の方向に新結合の可能性が開く、そんな力が必要になると思います。

八巻 情報を広く集める受信型の「アンテナ」から、自ら情報を発信する「レーザー」への軸の転換も大切ということですね!妄想でとどまっているアイデアを、社会実装していくための具体的なヒントを今日はたくさんいただきました。ありがとうございました。

対談を終えて

実は、竹林さんと初めて出会ったのはまだ私が若かりし十数年前のことでした。若手社員を中心とした勉強会にお招きし、新規事業立ち上げのポイントについてお話を伺ったり、実践編?として異業種交流会の場にお誘い頂いたりしたことも。今回は久しぶりにお目にかかり、当時と変わらないユーモアあふれる関西人トークと、年月とともに深みを増すイノベーション論に聞き入っているうちに、あっという間に時が過ぎてしまいました。

残念ながら字数の都合でここには書ききれませんが、自分のパーソナル・アイデンティティを表すアルファベット3文字のお披露目会(竹林さんは「YDK=やる気大好き」!)など、とにかく笑いが溢れる対談でした。既存の取り組みを積み重ね、全体像を見ながらその軸を変えてみることからでもイノベーションは実践できる。身近な一歩を踏み出せそうです。
(未来サービス研究所 八巻睦子)

画像: 竹林さんの著書『たった1人からはじめるイノベーション入門』を持って。未来研メンバーの本には、付箋がたくさん貼ってあります(笑)

竹林さんの著書『たった1人からはじめるイノベーション入門』を持って。未来研メンバーの本には、付箋がたくさん貼ってあります(笑)

画像: 【Profile】 オムロン株式会社イノベーション推進本部シニアアドバイザー 京都大学経営管理大学院 客員教授 竹林 一(たけばやし はじめ)1981年に立石電機(現オムロン)に入社。以後新規事業開発、事業構造改革の推進、オムロンソフトウェア代表取締役社長、オムロン直方代表取締役社長、ドコモ・ヘルスケア代表取締役社長、オムロン株式会社イノベーション推進本部インキュベーションセンタ長を経て現職。著書に「たった1人からはじめるイノベーション入門」などがある。

【Profile】
オムロン株式会社イノベーション推進本部シニアアドバイザー
京都大学経営管理大学院 客員教授
竹林 一(たけばやし はじめ)1981年に立石電機(現オムロン)に入社。以後新規事業開発、事業構造改革の推進、オムロンソフトウェア代表取締役社長、オムロン直方代表取締役社長、ドコモ・ヘルスケア代表取締役社長、オムロン株式会社イノベーション推進本部インキュベーションセンタ長を経て現職。著書に「たった1人からはじめるイノベーション入門」などがある。

画像: 「たった1人からはじめるイノベーション入門 日本実業出版社 竹林 一著

「たった1人からはじめるイノベーション入門
日本実業出版社
竹林 一著

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