ITと新たな分野を掛け合わせた取り組みをご紹介する「IT×○○」。今回は、エンジニアから浄土宗善立寺(長野県塩尻市)の副住職に転身した小路竜嗣さんにインタビュー。善立寺は、開山から470年以上の歴史を持つ地域に根差したお寺。小路さんは、日々僧侶の務めを果たしながら、お寺業務のIT化を支援する「寺院デジタル化エバンジェリスト」として活躍しています。その内容は実に多彩。お坊さん仲間からの事務作業効率化やWebサイト・SNSを使ったお檀家さん向けの情報発信など多様な相談を受けています。新型コロナウイルス感染症による社会的変化も踏まえ、今、寺院にIT化の必要が迫られる現状や課題、そして今後の展望についてお話を伺いました。

結婚を機にエンジニアから僧侶へ転身

―僧侶に転身された経緯を教えてください。

もともとは兵庫県の生まれで、お寺とは全く関係のない一般家庭で育ちました。長野にある大学で善立寺の一人娘である妻と出会ったのが運命の分かれ目。お付き合いを続けていた妻から「お寺を継いでほしい」といった話があり、結婚を機に善立寺に入山する(お寺に入る)ことになりました。

大学院修了後に、僕の夢であったシステムエンジニアとして精密機器メーカーに就職していたんですが……。腹をくくってからは、「いつかは僧侶に」という気持ちも芽生え、転身するなら1歳でも若い方が良いと考えてわずか1年で会社を退職しました。

3年間の修行は体力的にハードでした。それだけでなく、お寺で使われる専門用語がとにかくわからない。この大変さはとても堪えました。特に1年目は、先生の立場にあたるお坊さんが何を言っているかわからないんです。木魚を打つ棒のことを“ばい”と呼ぶのですが、「ちょっと“ばい”持ってこい」と言われてもお寺の生まれではない僕は、何が“ばい”かわからない。そんな状態。仏具の呼び方は宗派によって呼び方が変わる場合もあるので、知らない言葉はノートに書き込んで、自分なりの辞書を作って一つ一つ覚えていきました。まるで海外留学のような3年間でしたね(笑)。

画像: エンジニア時代の小路さん。大学でも機械工学を専攻した

エンジニア時代の小路さん。大学でも機械工学を専攻した

―僧侶としてお務めをされるようになってからは、いかがでしたか?

お坊さんは「お葬式や法事でお経を上げている人」というイメージが一般的だと思いますが、こういった法務以外に、お寺運営に関わる事務作業がとにかく膨大なことに驚きました。お檀家さんの情報管理に始まり、法事のスケジュール管理や案内状作成、同じ宗派のお寺さんが集まる会議もあります。加えて、お檀家さんを集めたイベントや地域の子供会の企画・運営にボランティアなど、挙げたらキリがありません。当然ですが、収支決算に伴う経理作業も全て自分たちで行います。

一般的な企業と異なり、住職・副住職を含めて1~2名で全て対応しなければいけないですし、法務の合間をぬって事務作業を行うことを重荷に感じていました。お寺ではこの現状が当たり前なのかもしれません。ただ、エンジニア経験のある僕は「お寺の業務にITを活用して効率化したい!」と自然に考え始めるようになりました。

画像: 資料提供:小路 竜嗣

資料提供:小路 竜嗣

しかし、お寺はそもそもインターネットの利用頻度すら低い世界。当初は義父にあたる住職がIT化にあまり前向きではありませんでした。一口にIT化と言ってしまうと、「手書きのお手紙」の対極にあるような、冷たいイメージを持たれる方も多い。IT化を進めていこうとする僕の姿勢に当山の住職も不安感を覚えているようでした。ところで、若いお坊さんがお寺で何か改革をしようという時にぶち当たるのが「住職の壁」なんて言ったりするのですが、まさにその状態でした。

お寺業務のIT化と「住職の壁」

―「住職の壁」はどのように乗り越えたのでしょうか?

お寺にはお墓がどの場所にあるのかを示す墓地図というものがあります。この墓地図をExcelでデータ化したことで、住職の意識が変わり始めました。

これまではお寺にいらしたお檀家さんにお墓の場所を訪ねられたら、大きな紙の墓地図を広げて探す必要がありました。善立寺の場合はお墓が約300基あるので、1基のお墓を探すために10分くらいかかってしまうこともあったんです。そのため、まずはお檀家さんごとに管理のためのユニークIDを紐づけて、Excel上で墓地図の区画ごとにそのユニークIDを振っていきました。こうすれば、お墓の場所は1分もあれば見つけることができます。

こうして余裕のできた時間を「今日はどちらからいらしたんですか?」「せっかくなので一緒にお墓にお参りしましょうか」と、お檀家さんのために使うことができる。IT化のその先にあるものが見えたことで、住職も前向きに捉えてくれるようになりました。このことはとても嬉しかったですね。

―お寺の業務をIT化することは、お檀家さんにとってもメリットがあるのでしょうか?

お檀家さんは電話を使ってお寺に連絡をする場合がほとんどですが、善立寺では電話以外の窓口として、WebサイトやLINEをご利用いただけるようにしました。例えば、引越しをしたら、行政やライフラインの手続きは行うが、お寺への連絡は後まわしになってしまいがちだと思います。少しでもお檀家さんの負担を減らせたらという思いから、住所変更の手続きや法要の申し込みなどは、24時間いつでもWebから行えるようにしました。

画像: 浄土宗善立寺のWebサイトの一例。お檀家様向け情報として、多様なコンテンツが並ぶ。SNSなどを活用するだけでなく、「お焼香の仕方」や「合掌」の作法、「数珠」のかけ方、選び方など細やかな気遣いがなされている

浄土宗善立寺のWebサイトの一例。お檀家様向け情報として、多様なコンテンツが並ぶ。SNSなどを活用するだけでなく、「お焼香の仕方」や「合掌」の作法、「数珠」のかけ方、選び方など細やかな気遣いがなされている

LINEは聴覚障害のお檀家さんのために始めましたが、「電話が苦手なので助かります」といったお声もいただいています。本来の目的以外でも活用されることがわかり発見でした。昨年は、コロナ禍でお墓参りができなかった遠方のお檀家さんから、「お墓に卒塔婆(そとば)※をお供えしてほしい」というご依頼があったので、お供えをした後に、僕がお墓を撮影してLINEで画像を送るということもしました。LINEは高齢の方も利用しているのでとても便利なんです。

※お墓に立てる戒名などを記した木の板。

同じ悩みを抱えるお寺をサポートしたい

―寺院のIT化を広く伝える「寺院デジタル化エバンジェリスト」としても活動されていますが、そのきっかけは何だったのでしょう?

僕は自作した仏教用語の辞書、お檀家さんに配布する寺報のテキスト作成などにメモアプリを活用しているのですが、ある時「それ便利だね。使い方教えてよ」と他のお坊さんにいわれたんです。「自分が役立つと思ったものは、他のお坊さんにも役立つんだな」と気が付きました。

全国にはたくさんのお寺がありますが、そのほとんどが人手不足で事務作業に追われている状態です。善立寺だけがIT化で便利になるのではなく、ナレッジを共有することで、他のお寺の役にも立ちたいと考えました。当時、ITのことを分かりやすく伝える人として「エバンジェリスト(伝道師)」という呼称が流行り始めていました。僧侶である僕にもぴったりだなとも思え(笑)、そこから「寺院デジタル化エバンジェリスト」と名乗っています。

最初は「どんなPCを選べば良いの?」「クラウドサービスはどれが便利?」といった他のお寺からの相談に乗ることから始まり、現在はお坊さんがITを活用するためのイベント「テラテク!」なども開催しています。

―「テラテク!」を開催した経緯について詳しくお聞かせください。

いろいろなお坊さんから相談を受けていると、「お寺が困っていることを解決できるようなITサービスはまだまだ少ない」と感じるようになりました。裏を返せば、お寺の運営が事務作業でひっ迫している事実が世間にあまり知られていないため、お寺の実情に即したサービスがないともいえます。そこで、お寺には「今のIT技術を使えばこんなことが便利になりますよ」と伝え、企業には「お寺は今、こんなことで困っています」と伝えるために、お寺とIT企業をつなぐ場として「テラテク!」を開催したんです。

画像: 「テラテク!」の講演の様子

「テラテク!」の講演の様子

イベントでは、お檀家さんの名簿をデジタル化して管理する方法や公式Webサイトの作成、SNSの始め方などのレクチャーやワークショップなどを行っています。ITは便利な面だけでなく、セキュリティーの重要性など「現在の状態にどのようなリスクがあるのか」を理解する知識(リテラシー)が大事なことも伝えています。

お寺さんからは、お檀家さんの名簿や法務の記録など、増え続ける紙の扱いに頭を悩ませるお寺はとても多いので、スキャンアプリなどを活用する実践的な内容は、大変好評をいただきました。

―2021年6月に事業として本格始動されていますね。その経緯を教えてください。

2016年から「寺院デジタル化エバンジェリスト」の活動を始めたのですが、当初は「ITを使いましょう」という呼びかけはのんびりとしたもので、全て僕のボランティア活動の範囲で行っていました。その状況を大きく変えたのが、新型コロナウイルスの感染拡大です。2020年3~4月から会議などで使うため、「Zoomってどうやって使うの?」「マイクやスピーカーはどれを買えばいいの?」という相談が急激に増えました。

僕はアドバイスをする立場なので、サービスでもモノでも何かを紹介する時は、全て自分で試したうえで「これがお薦めですよ」と伝えるようにしていました。しかし、サービスは有料の場合があります。物品購入の必要もあります。お寺の法務でいただくお布施は寺院運営に使われるものなので、それまでは自分の貯金やお小遣いを使ってやりくりしていました。問い合わせの増加はうれしかったのですが、資金は完全にショートしましたね(笑)

そこへ、ちょうど浄土宗のお坊さんの会からWebサイト作成の依頼が舞い込んだんです。ボランティアではなく、収入の発生する「仕事」としてのお話でしたし、お寺ではなく個人としてクライアントとの契約や秘密保持契約などを柔軟に締結できるため「じゃあ開業しようか」と思い立ち、
「DX4TEMPLES(DX for Temples)」を開業しました。

画像: Webサイト「DX4TEMPLES」。お寺さんからさまざまな相談が寄せられます

Webサイト「DX4TEMPLES」。お寺さんからさまざまな相談が寄せられます

IT化で仏教を後世に残したい

―ここ数年の新型コロナ禍によって、他にはどのような変化がありましたか?

お寺に人を集めることができない時期が続いたので、法要が開けなかったり、参拝客が来なかったりと収益が悪化したお寺が本当に増えました。一方で、「お寺で法話会を開催できないならYouTubeで配信しよう」とYouTube配信やSNSを始めるお寺も増え、IT化によってお寺の魅力を多くの方に届ける機会にもなったと感じています。

例えば、京都の浄土宗総本山知恩院では、昨年の大晦日にYouTubeで除夜の鐘をリアルタイム配信したところ、日本だけではなく、台湾、タイ、アメリカなど海外でも視聴され、リアルタイム視聴者数が9,400人にまで上りました。YouTubeライブの投げ銭機能である「スーパーチャット」を使って、全世界からお賽銭が投げられていたことにも驚きましたが、ITとお寺が結びつくことで、新たな可能性が見えると改めて感じました。

―今後の展望をお聞かせください。

寺院デジタル化エバンジェリストは、一般家庭に生まれ外側からお寺の見え方を知っている、そして、エンジニア経験のある僕だからこそできる仕事だと思っています。

お坊さんになってから、観光地ではないごく普通の街にも素敵なお寺がたくさんあることを知りました。しかし、今地域の人口減少や後継者不足によって、存続が危ぶまれているお寺は少なくありません。その多くが地域と共に歩み、奥深い歴史を重ねています。仏教を後世に残していくうえでも、何百年という年月を守り継いできたお寺が身近にあり続けることは大切です。

お坊さんの目の前の業務が楽になり、空いた時間をお檀家さんとのコミュニケーションやお寺の広報活動に充てられるように。そして、「このお寺に行ってみたい」「このお寺を継ぎたい」と思う人を一人でも増やせるように。これからもお寺とITの橋渡しを続けていきたいです。

画像: 【プロフィール】 浄土宗善立寺 副住職 寺院デジタル化エバンジェリスト 小路 竜嗣(こうじ りゅうじ)  浄土宗僧侶。1986年兵庫県伊丹市生まれ。信州大学大学院工学科機械システム工学専攻を修了後、株式会社リコーに勤務。2011年に退職し出家、仏門の道へ。2013年浄土宗大本山増上寺加行道場成満。2014年浄土宗善立寺に副住職として入山。2016年に寺院デジタル化エバンジェリストとの活動を開始。2021年6月、寺院ITアドバイザーとして「DX4TEMPLES」開業。

【プロフィール】
浄土宗善立寺 副住職
寺院デジタル化エバンジェリスト
小路 竜嗣(こうじ りゅうじ)

浄土宗僧侶。1986年兵庫県伊丹市生まれ。信州大学大学院工学科機械システム工学専攻を修了後、株式会社リコーに勤務。2011年に退職し出家、仏門の道へ。2013年浄土宗大本山増上寺加行道場成満。2014年浄土宗善立寺に副住職として入山。2016年に寺院デジタル化エバンジェリストとの活動を開始。2021年6月、寺院ITアドバイザーとして「DX4TEMPLES」開業。

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