ユニアデックスの片澤です。さて、シリコンバレー便り第2回は、日本ユニシスグループの米国拠点であるNUL SystemServices Corporation(以下、NSSC)とシリコンバレーの紹介をしていきますが、その前にこの1カ月間のCOVID-19のアップデートをしてから本編に入っていきます。
COVID-19の最新状況
COVID-19の状況ですが、全米で感染者が120万人を超え、日々増えております。ただ、幸いにもシリコンバレー界隈は、若干の落ち着きを見せ始めており、感染者数の増加は緩やかになり、それに伴い規制緩和もされ始めました。
先にビジネスのお話ですが、米国の1~3月のGDPは、-4.8%となりリーマン・ショック時以来、11年ぶりの低水準になっています。株価に関しても一旦は持ち直したもののこれからの状況によっては、まだわからない段階です。失業者数に関しても深刻で、4月25日までの過去6週間で、約3,000万人以上が解雇されたとの報道が労働省から発表されました。これは就業人口約1億6,000万人の約20%にあたります。また、頼みの綱の失業保険の配布もまだまだいきわたっていないようです。
マーケットで見てみると最も大きな影響を受けているのは、「人が移動する」「人が近づく」などに該当する業界で旅行、飲食店、小売、シェアリングビジネスなどです。反対に影響が少ないのは「家で仕事する」「家でxxをする」に該当する業界で、デリバリービジネス、ゲーム業界、バイオ関連、ロボット、教育などがあげられます。このあたりはもう少し時間が経過するとデータも揃い、影響度合いが鮮明になってくるはずなので、次回以降にご報告していきたいと思います。
また、今、アメリカのセミナーなどでは、「デジタルトランスフォーメーションに導いたのは誰ですか?」という質問があります。CEO?、CTO?、それともCOVID-19ですか?と。2008~09年のリーマンショックを契機にできてきたスタートアップは、AirbnbやUberといった現在のディスラプターです。マーケットでは、今回の社会変化のタイミングで生まれる新しいビジネスに期待感も出てきているようです。
さて、最後に社会情勢ですが、5月末までShelter in Place(屋内避難)が延長になりましたが、前述したとおり規制緩和の流れがようやく出てきました。公園なども利用不可であったところからソーシャルディスタンスを守る前提で解放され、ゴルフ場など屋外のアクティビティースペースも利用できることになりました。
あと、非常に興味深かったのがこの1カ月のマスクへの反応です。日本とは違い、アメリカでは、病気感染を抑えるためにマスクをつけるという文化です。そのため、ウイルス拡大傾向前までは、
『あの人かかってるかもしれない』
という危険な眼差しからはじまり、トランプ大統領の声明後、マスク推奨の流れでは、
『どこで手に入れたの?ほしい!』
という眼差しに。
最近は、マスクの数が足りていないため、医療従事者に優先的に寄付を募っていることもあり、
『寄付してるの?必死に買い求めたの?』
と若干の批判?の眼差しに変化していると一部では言われております。ちなみにマスクの代わりは、バンダナで代用とのことで、ギャングみたいな人がたくさんいます!?
シリコンバレーの今
さて、やっと本題に入らせていただきます。
まず、シリコンバレーですが、実際にカリフォルニア州にシリコンバレーという地名は存在しません。サンフランシスコの南側に位置しているベイエリアの通称であり、ここにApple社(Cupertino)にCisco Systems(San Jose)、Google社(Mountain View)やFacebook社(Menlo Park)など多くの大きなテック企業からスタートアップ企業が密集しています。ここ数年では、Twitter社、Uber社がサンフランシスコのダウンタウンに本社を構え、Salesforce社はサンフランシスコで最も高層のオフィスビルをオープンさせています。
シリコンバレー一帯は少し田舎で車がないと生活が困難です。ミレニアム世代は田舎よりも都会に住みたがるため、サンフランシスコ市内にオフィスを構える企業がスタートアップ企業を含め増えています。では、大きなテック企業はその世代の獲得をどうしているかというと、専用の路線バスをサンフランシスコに走らせています。優秀な人材を確保するためにそこまで実施しなければならないようです。
では、少し交通に触れてみます。
サンフランシスコからシリコンバレーの南端であるサンノゼまでは約80Km。日本で言いますと東京~小田原間くらいです。
視察で来られる方は、サンフランシスコとサンノゼ間を隣の市くらいの間隔でとらえている方も多いと思いますが、意外と距離がありますのでご注意ください。運転するほうも結構神経を使います(笑)。
普段の人々の移動は、多くは自家用車です。そのため、サンフランシスコ市内とサンノゼを結ぶ、フリーウエーの101号線と280号線は日々渋滞になります。昨今の渋滞は、UberやLyftなどのカーシェアリングのサービスのせいだとも言われていますが…。フリーウエーには、Carpool laneという、複数人が乗っている車両の専用レーンがあります。カリフォルニア州は環境保護を大事にしていることでも知られていますが、この専用レーンを電気自動車であれば走行が可能です。Tesla社や国産の電気自動車などが利用しています。
また、移動手段では、Caltrainも健在です。車を持たない世代が増えており、Caltrainに自前のe-bikeやキックスクーターなどを一緒に持ち込んで電車を降りたらそれで移動するというのが最近の流行りです。なお、市内では至るところにe-bikeやキックスクーターなどのシャアリングステーションもあり利用が可能です。これはMaaSの試みのひとつで、カーシェアでおなじみのUber社やLyft社も提供しています。
シリコンバレーの歴史
さて、シリコンバレーを訪れた方も多いと思いますが、歴史までご存知の方は以外と少ないのではないでしょうか。ここで少しシリコンバレーの歴史に触れてみたいと思います。
シリコンバレーの原点といいますか、新技術開発、Tech企業の起業文化は、スタンフォード大学から生まれています。
では、スタンフォード大学はどのように設立されたのか? 時代は1885年までさかのぼります。この当時のカリフォルニアは、ゴールドラッシュの時代で多くの人たちが一攫千金を求め、カリフォルニアに移住をしました。その移住した相手に雑貨商として富を得た人物がリーランド・スタンフォードです。大陸横断鉄道、セントラルパシフィック鉄道も設立し、スタンフォード大学の生みの親となりました。
ただ、スタンフォード大学は設立から長い間、地方の田舎大学の1つにすぎませんでした。スタンフォード大学教授でシリコンバレーの礎を築いたのが、フレデリック・ターマン氏です。彼のスタンフォード大学の教え子のビル・ヒューレットとディブ・パッカードがターマン氏の奨めにより起業したのは有名な話です。1939年起業時のパッカード家のガレージがシリコンバレー発祥の地として知られています。
この地域に本格的に光が当たるきっかけは、1950年前後の第二次世界大戦後~東西冷戦初頭です。この時代、画期的に飛躍したのが、無線技術/マイクロ波レーダー技術です。ターマン氏は、このレーダー技術の研究をスタンフォード大学で手掛け、徐々に大学としての存在感が高まっていきました。そして、もっと大学を発展させようと学生誘致・起業推進が計画され、さらに産学連携などのエコシステムモデルやスタートアップ企業を支援する仕組みなども生まれ、現在のリサーチパークの隆盛につながります。
エコシステムのおかげで、当初生まれたのが「シリコン」を原材料に使う半導体産業であり、この地域での主要産業として成長していくことになります。
この当時のメディア記事に初めてシリコンバレーと紹介され、徐々にこの呼び名が一般化していきました。100年以上かけた歴史と戦略でスタンフォード大学を中心にシリコンバレーが広がっていたことがわかっていただけたかと思います。
ぜひ、体験していない方は、これから現地への訪問を考えてみてはいかがでしょうか。
NSSCの活動内容
最後に、NSSCの紹介をします。
NSSCは、日本ユニシスグループの米国法人です。設立は1994年でオフィスは、ミネソタ州ミネアポリスでした。当時は、米国ユニシス社のメインフレームのシステム開発をメイン事業としていましたが、オープン化に伴い、シリコンバレーでのビジネス開発へと移行しました。2006年にオフィスをここサンタクララに移転し、最新テクノロジーの調査、情報発信を実施しています。現在は、6名で活動を実施しています。
シリコンバレーでの主な活動は下記のとおりです。
(1)カンファレンスやスタートアップピッチイベント、業界団体を通して、技術やサービスのトレンド情報を調査・収集する。
(2)スタートアップ企業などとのコラボレーションを実施し、日本へのビジネス展開に持っていく。
(3)日本からの依頼に基づき、技術情報の調査を実施する。
NSSCでは、アメリカの大手アクセラレーターであるPlug and Play社や現地メディアであるIshin社と連携し、最新のスタートアップ情報の提供が可能です。
これから、カンファレンス情報や気になる米国マーケット情報などをNextTalkで紹介していきます。皆さまもNSSCへの調査依頼などございましたら当社担当営業までご連絡お待ちしております。