今年4月にフランスで開催された「ナノカーレース」。ご記憶にありますか?
原子90個程が集まった分子で作った極小の車を板状の金の表面に置き、36時間で100ナノメートルというこれまた極小の距離を走らせるレースです。

このレースにチャレンジした日本人チームのリーダーが、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NMIS)の中西和嘉主任研究員です。レースは、不幸にも主催者側が用意したPCソフトの不具合のためにコース周辺が乱れ、10分間で1ナノメートルを動いたところで途中棄権という残念な結果になってしまいました。しかし、想定外のトラブルにもめげずコースコンディションの回復につとめた上で挑んだ姿勢が評価され、「フェアプレー賞」を受賞しました。

NexTalk編集部は、中西さんと中西さんの研究内容に興味を持ち、10月末に茨城県つくば市のNIMSにおじゃましました。取材内容を本編記事として掲載する前に、取材後記としてこぼれ話をご紹介します。

まずレースの世界の小ささを実感しましょう。中西さんが冒頭にこんな例え話をしてくれました。「私たちのナノカーの長さは、約2ナノメートルです。実際の自動車に対する2ナノメートルの車の大きさの比率は、直径1万2742キロメートルの地球に対する、直径75mmの野球のボールと同じです」

画像: 原子が結びついてナノカーとして分子になっているイメージ(左)。右はその模型。

原子が結びついてナノカーとして分子になっているイメージ(左)。右はその模型。

うーん、比較がすご過ぎるものの、分かりやすい。でも、その車が100ナノメートルを走るということは、5メートル程度の長さの自動車が、約250メートル走るということですよね(ナノカーレースではジグザグのコースですが)? それってたいしたことないじゃないんですか?と思ってしまいますが、とてもとても・・・そんなにたやすい世界ではないのです。これほどの極小の世界では、他の原子や分子のほんのわずかな挙動や熱で、ナノカーはたちまち吹っ飛ばされたり動けなくなってしまいます。だから、レースは走査型トンネル顕微鏡(STM)という特殊な顕微鏡内部にある、真空かつ極低温(マイナス約270度)の空間に試料(金の板)を置きその上で行わます。

そんな静謐(せいひつ)で守られた空間にもかかわらず、想定外のPCの不具合でコースはめちゃくちゃになってしまいました。それはまるで現実世界で超絶台風が通り抜けて、ビルや山が崩れてめちゃくちゃに散乱してしまったような状態だったとのことです。レース会場を回復させるために必死で対処したといっても、我々の想像をはるかに超える細かい作業で忍耐のいるものだったことが中西さんの表情から読み取れます。

画像: 「ナノカーレース」に挑んだ、中西和嘉さんに会いにいってきました。‐取材後記‐

それにしてもどうして分子は走るのでしょう?
中西さんが教えてくれます。「極小の世界を観測するSTMには探針という非常に細くとがった走査針があります。この先端から私たちのナノカーの特定の部位に対してトンネル電流が放出されると、当てられた所に応じてナノカーが動くんです。そういう性質のある分子を開発したわけなんですが、照射する部位を工夫することによって、結果的に前に進むような動きを作ることが出来るわけなんです」

画像: 実際は、もっと早い振動で、ぶるぶる震えて動くおもちゃのよう。

実際は、もっと早い振動で、ぶるぶる震えて動くおもちゃのよう。

なるほど、「指圧の心、母心」ではありませんが(ちょっと古い)、身体の局所を刺激して筋肉をピクリというか、モゾっと動かすような方法を利用していたとは驚きました。本当の車のように車輪を持ったナノカーで勝負する国(米国)があった一方で、どうしてこんな犬がくわえる骨のような形にしたんだろうと不思議に思っていましたが、日本チームとしての独自の発想と計算があったわけですね。

画像: 日本科学未来館で科学コミュニケーターを務める梶井宏樹さんが、なんとナノカーの動きを身体をはって実演。なんだかこの人にも興味が出てきました。

日本科学未来館で科学コミュニケーターを務める梶井宏樹さんが、なんとナノカーの動きを身体をはって実演。なんだかこの人にも興味が出てきました。

なんだか筆者には懐かしい記憶がよみがえってきました。筆者は実は約30年ほど前、とあるメーカーでSTMや半導体製造装置の広報担当をしていたのです。当時、STMの解像度を自慢するため、探針で原子一個ずつを剥ぎ取り世界最小の字を書いたとか、電子ビーム描画装置で直径10cmのシリコンウエアハーにロンドンを中心とした世界地図を描き、ロンドン市街地については髪の毛の直径ほどの領域に、幅6メートル以上の道路をすべて含んだ地図を描いたなどの記者発表を手がけたことがあります。一般紙もずいぶん大きく扱ってくれました。そのことをちょっと自慢げに中西さんにお話すると、「どうりで質問の仕方が・・・」という反応。一瞬だけ、中西さんサイドに立てた気分でした。

それはそうと、取材中、部屋の外を通り過ぎるのは外国の方ばかり。聞くと、NIMSの中でも中西さんが所属する国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)では約半数が外国人研究者とのこと。世界中のナノテクノロジー研究者にとってハブの役割を持つ国際研究拠点となるべく活動していらっしゃるんだそうです。

その話の流れで中西さんや広報の方から出たノーベル賞に対するコメントが印象的でした。「毎年ノーベル賞の時期になるとマスコミをはじめとして、果たして日本人が受賞できるか?というような論調一色になりますが、今の研究の世界の実情からするとナンセンスだと思います。ひとつのテーマに対して色々な国の研究者がチームで取り組むことが当たり前ですので」

なるほど、こうしてNIMSの内部を垣間見させたいただいただけで、この意見には説得力があるなーと感じた次第でした。

本編は12月、もしくは1月に公開します。お楽しみに。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.