気候変動に伴い、以前よりも大きな被害をもたらす激甚災害の発生件数が世界的に増加傾向にあります。SDGsにおいても気候変動は最大の課題の 1 つとして捉えられ、その対策は喫緊の課題です。こうした中で、気象予報士の佐々木恭子さんは、企業や個人に寄り添いながら、天気予報や気象情報の読み解き方を伝えています。バラエティー番組の制作ディレクターから気象予報士に転身した佐々木さん。「天気」を伝える仕事の意義や、天気の情報から気づいてもらいたいことについて、お話を伺いました。

番組ディレクターとして天気の情報を生かすつもりが転身へ

―テレビ番組の制作会社でディレクターをなさっていた佐々木さんが、天気に興味を持ったきっかけを教えてください。

ディレクターをしていたときは、外でのロケが多く雨が降るか降らないかによって撮影に影響が出るんですね。当時は天気に興味がなかったので、「この人は雨男、雨女だから、来ると雨が降るな」などと感じていました。そうこうしているとき、気象予報士資格があることに気づき、「この資格を取ったら自分で天気予報ができて、ディレクター業に生かせるのでは!?」と思ったのです。自分で予報できれば、天気の影響を受けずイライラしなくて済みそうですから。こうした経緯で、気象予報士の試験を受けることにしました。

―勉強を始められて、苦労したことも多かったのではないでしょうか。

もともと大学が文系だったこともあり、試験内容は難しいものでした。最初は「気象の勉強」をしている感じがなく物理の勉強自体が苦しい気持ちもありました。ところが、勉強を進めていくうちに、天気は、空で起こっている手が届かないことではなく、身の回りの現象につながる身近なものであることに気づき始めました。

例えば、お風呂に入って湯気の動きを見ていると、上がって消えていきますよね。それは、雲の発生から消散までを間近で見ているわけです。露天風呂で半分だけ屋根があるような日陰では、湯気が見えないのに日の当たる露天部分では湯気がよく見えます。これは光があるから湯気が見えるわけで、雲が見える現象と同じです。

私は趣味でマラソンをするのですが、夏に街中を走っていてコンビニの前で自動ドアが開くと足元に冷たい空気が流れてきます。改めて「冷たい空気は重いんだ」と実感する瞬間です。暖かく軽い空気は、このような冷たくて重い空気が下に潜り込んでくることで持ち上げられ、大気の状態によっては強い雨や雷をもたらす「積乱雲」が発生するきっかけになります。難しい物理の現象だと思っていたことが、生活していく中でちょっとした身の回りの多くのことに関わりがあると気づき、天気の変化が面白くて仕方がなくなっていきました

画像: ―勉強を始められて、苦労したことも多かったのではないでしょうか。

―当初の考えだった、「ディレクター業に生かす」から、変化していったのですね。

そうです。当初は、気象予報士の資格をディレクターの仕事に生かそうと考えていました。でも学ぶ中でどんどん天気そのものに興味が移り、もっと天気のことを知りたい、天気にまつわる仕事がしてみたい、と感じるように変化していきました。そんな時、自分で作成した天気予報を企業に提供する仕事があることを知りました。ディレクター業は辞めて気象予報士の資格を使って、この仕事をしたいと考えるようになりました。

企業に「天気予報」を提供する仕事の責任の重さを実感

―気象予報士の資格を取得されて、新しい世界に飛び込まれました。仕事として、これまでと異なるところはありましたか。

天気予報を企業に提供する仕事を始めて、企業や業種によって求められる天気予報の内容や細かさがテレビなどから不特定多数の一般の人々に提供される予報とは異なることに衝撃を受けました。気象予報士になって気象予報会社に勤めて、はじめて仕事として任されたのは道路の維持管理のための天気予報でした。私が雨や雪がいつ、どのくらい降るのかを予想することで、道路の管理者が設けた基準にしたがって対策を施します。1時間間隔、3時間間隔の雨量や、気温、路面状態などを詳細に予報しなければなりません。

クライアントは詳細な予報に対してお金を払っています。当たり前ですが責任は重いです。「どんな情報が必要なのか?」「その情報が必要な理由は?」「天気によって、どのような被害・損害を被るのか?」など事前の詳細なヒアリングを経て、やっとクライアントの求める情報の提供が行えるわけです。

画像: ―気象予報士の資格を取得されて、新しい世界に飛び込まれました。仕事として、これまでと異なるところはありましたか。

―大変だった思い出はありますか。

降雪の予報は特にシビアでした。道路は、安全に交通を確保することが前提です。雪の予報だからといってすぐに通行止め、ということはできません。それだけに、どこの区間でどれだけの雪が降り、路面状況がどうなるかといった予報が重要な意味を持ちます。いつ、どこに、どれくらいの除雪車が必要で、作業や警備の人員を何人確保するのかも私たちの提供する予報に基づいて計画されます。

ところがあるとき、依頼されたクライアントに降雪予報を出したのですが、降らなかったのです…。もちろん、「見逃し」は絶対に駄目ですが、「空振り」しても大きな損害が出てしまいます。夜に雪が降る予報を出したものの、なかなか降らず、クライアントからは「いつごろ降りそうですか?」と電話が何度もかかってきます。そのたびに冷や汗をかきながら予報について説明するのですが、結果として朝まで雪は降らず。

クライアントからは、1時間ほど静かに、しかしみっちりと「どれだけ費用がかかるか、どれだけの人員が待機していたか」を聞かされてお説教をされました。大人になってこんなに叱られた経験は初めてで、自分の立てた予報が外れることによる影響の大きさを痛感しました。

気象予報士として、当てた予報の記憶は残っていないですが、失敗は全部覚えているほど身にしみています。企業向けの天気予報の重要なところは、当たり外れだけではありません。なぜ外れる可能性があるか、どのぐらいの幅があるのかといった情報を、対話しながら提供していかなければなりません。だからこそ事前のコンサルティングやカウンセリングが大事なのです。

人材を育てたり、防災・減災を伝えたりと、仕事が広がる

―予報業務と並行して、気象予報士を育てるスクールを運営する会社「てんコロ.」の代表を務めていらっしゃいます。

日々、予報業務は、本当に楽しいなと感じています。しかし、人材不足の業界でもあります。特に冬は天気予報の需要が増えたり、提供する情報が増えるのに伴って人手が必要になったりしますが、予報士の人数は増えず、人手不足になるのです。今は気象会社の社員ではないのですが、何とかして人材を確保できないかと考えて、気象予報士資格取得スクールを運営することにしました。

予報士を生み育てるのは、遠回りかもしれないけれど世の中に役立つと考えました。それも、ただ予報士資格を取るためだけでなく、「天気って面白い!」から一歩進んで「ビジネスに生かせる予報業務に関わって欲しい」という思いや、「気象予測を活用する新しい事業の開拓」、防災方面では「高度化する防災情報をいかに伝えていくかの模索」などを突き詰めていけるような人を育てたいと考えました。資格を取ることがゴールではなく、そこからさらに勉強しないといけない点を理解した予報士が多く育ったらいいなと思っています。

―最近は、スクールに加えて講演活動や取材機会も多いそうですね。

取材や講演の機会が増えたことや、私自身が今も企業向けの予測提供業務を続けていることは、実は私たちの予報士スクールを特徴づける一因となっています。まさに今、予測業務に携わっている私だからこそ教えられる、リアルな現場の体験を含めた講義は、やはり他のスクールとの違いが出る点であり、卒業生からも「実践的」な面が評価されています。

講演活動の面では、一企業向けの予報とは異なってSDGs(持続可能な開発目標)と関連して広く気象や天気予報について知ってもらうために活動しています。例えば、予報で大雪が降るといっても、必ずしも当たるわけではありません。でも、「どんな対策ができるか、慌てないで済むように対策を取ってくださいね」と伝えています。大雨に巻き込まれそうになったとき、「正しく避難できるように準備してください」とも伝えるようにしています。

こうした活動をするようになって、元々のディレクター業の性分が頭をもたげ、講演でも台本を作って楽しく伝わるように考えたり、YouTubeに動画をアップしたりするようになってきました。昔の仕事が一周回って気象予報士の仕事とつながってきたなと感じています。

―講演などでは、主に何を伝えていますか。

直接的ですが「気象災害で死なないでね」ということです。財産も大事ですが、死んじゃ駄目です。気象情報をきちんと使えば、命を落とさなくて済むんですよ、今の天気予報を活用すれば死者はゼロにできるんですよと、伝えています

現在の天気予報では、とても細かく丁寧に命を守るための情報が気象庁などから出されています。でも、出されていることも知らなかったり、知っているけれど動かなかったりする人もいます。改善するには情報を正しく知るための教育やその機会が必要です。どんなに提供する情報を整備しても、避難しない人は動かないでしょう。大事なのは自分に合った避難をすること。家族の中に、お年寄りやけが人がいたら、早めに避難することを考えましょう。動くのが難しそうなら、在宅避難で命を守れそうかを考える必要があります。

特に、最近では学生さんなど若い人たちに講演する機会が増えています。そこでは、情報をただ使うのではなくて、意味を掘り下げて考えてみると、自信を持って行動でき適切な避難ができるようになる点を伝えています。そして、情報に沿って考えた行動が、周りの人を動かすことにつながることを説明しています。

気象予報士という仕事で伝えられること

画像: 気象予報士という仕事で伝えられること

―映画「天気の子」で気象監修をされた雲研究者の荒木健太郎さんともご一緒に活動される機会が多いですね。

気象予報士になってから、つてをたどって友だちになりました。荒木さんの本を拝見したり、講演を拝聴したりすると、人に伝えていくことやお話がとても上手なことにびっくりします。天気って面白いねということを感じさせながら、本質を伝えるのがお上手です。友だちですが、師匠だとも思っています。荒木さんの書籍の中では『すごすぎる天気の図鑑』(KADOKAWA)と、続編の『もっとすごすぎる天気の図鑑』(KADOKAWA)は皆さんにお勧めしている本です。

―ITと気象情報の結びつきが期待されていると思います。今後、どんな変化が訪れると感じていますか。

いろいろあると思いますが、1つは長期予報の利用などは変わってくるのではないでしょうか。例えば、アパレル業界や小売店などでは季節商品の生産数、入荷時期などに長期予報も用いられていますが、ITとの結びつきで長期予報が今よりも使える情報になっていくと思います。近年ではIoTやAIの技術など情報通信技術の分野や、ビッグデータを解析する技術が発展してきたことで、さまざまな産業で膨大なデータを収集・分析したりできるようになってきましたよね。これらのデータと、多様で膨大な気象データを突き合わせ、比較・分析して、その分析結果を使うことで、意思決定や業務工程を改善して生産性を向上させるところに活用することができますし、これがもっと広まると面白いだろうと思います。

―佐々木さんのプロフェッショナルとしての原動力は、どこにあるのでしょう。

「今後の展望に向けて」ということが一番の原動力です。気象予報士試験はすでに60回近い歴史があり、人材も増えています。しかし、お金を払って気象情報をうまく活用している企業は大手以外ではまだ多くありません。もっと、中小企業にも利用いただいて、ネットの天気予報とは違う情報、企業ごとに必要な気象情報を入手できることを知ってほしいです。専門のコンサルティングが加わった天気予報に接すれば、1ミリ2ミリの雨の違いや1度の気温差によるビジネス上の変化にも対策が取れるのです。大金を払う必要はないので、必要なところだけ上手に天気予報を使ってもらいたいです。

天気予報の最終的な目的は、「皆さんが損をしないようにする」ことです。気象情報は、企業が損をしないためにも、個人が命を落とさないためにも、こんなに使えるんだということをもっと知ってもらいたいと感じます。そのためには、気象に携わる私たちがどんどん情報を出していかないといけないと思います。天気は面白くて楽しいものであり、今後の展望を伝えられる仕事ですので続けていきたいですね。

画像: ―佐々木さんのプロフェッショナルとしての原動力は、どこにあるのでしょう。
画像: 【Profile】 気象予報士、合同会社てんコロ.代表 佐々木恭子(ささき きょうこ) 早稲田大学第一文学部卒業後、テレビ番組制作会社に入社。バラエティー番組のディレクターを経て、2007年に気象予報士の資格を取得。民間気象会社で自治体防災向けや高速道路・国道向けの予報業務などを担当し、現在は予報業務に加えて、気象予報士資格取得スクールや気象予報士向けスキルアップ講座などを主催・講師を務める。著書に『天気でわかる四季のくらし』(新日本出版社)など。

【Profile】
気象予報士、合同会社てんコロ.代表
佐々木恭子(ささき きょうこ)

早稲田大学第一文学部卒業後、テレビ番組制作会社に入社。バラエティー番組のディレクターを経て、2007年に気象予報士の資格を取得。民間気象会社で自治体防災向けや高速道路・国道向けの予報業務などを担当し、現在は予報業務に加えて、気象予報士資格取得スクールや気象予報士向けスキルアップ講座などを主催・講師を務める。著書に『天気でわかる四季のくらし』(新日本出版社)など。

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