ナノカーレースに日本代表のリーダーとして参戦
柔らかい分子機械で常識を打ち破りたい
2017年4月28日~29日、フランスで開催された「ナノカーレース」に、日本代表のチームリーダーとして参戦した中西和嘉さん。結果は途中リタイヤとなったが、トラブルに見舞われたときに他チームからもらったサポートや情報交換が貴重な体験になったという。
ナノカーレース
ナノサイズの単分子からなる「自動車」(ナノカー)をデザイン・合成し、原子レベルでコントロールされた金の板の表面を「サーキット」に見立てて走らせるレース。ナノカーは、電気エネルギーを与えることで動く。フランス国立科学研究センターのクリスチャン・ヨアヒム博士が音頭をとる形で、2017年4月28日~29日に、フランスで開催された。フランス・ドイツ・オーストリア・アメリカ・スイス・日本から、計6チームが参戦した。ナノは10億分の1の単位。
―中西さんはナノカーレースに日本代表として参戦されましたね。その経緯について教えてください。
最初は私が参戦するなんて思ってもいませんでした。たまたま私の上司に当たる有賀克彦先生が、ナノカーレースを発案したクリスチャン・ヨアヒム先生(フランス国立科学研究センター、MANAサテライト主任研究者)と懇意にされていて、その流れで、ぜひ参加してほしいと言われたのです。声をかけられたときは「お手伝いをするのかな?」ぐらいの軽い気持ちで引き受けたのですが、いつのまにか中心メンバーになっていました(笑)。
―ナノカーレースと普段の研究の進め方で、違いはありましたか。
通常の研究では他の部門と共同で作業することはほとんどないのですが、ナノカーレースでは他の部門と一緒になってプロジェクトを進めました。私の担当は分子の合成、つまりナノカーを製造することです。一方、ナノカーを運転するのは、走査型トンネル顕微鏡(STM)を扱う部門です。STMの探針というものすごく細く尖った先端からナノカーの局所に電流を加え分子を動かしますので。この2つの部門が合同でナノカーレースの準備を進めてきました。
―その製造されたナノカーについてご紹介願います。
サイズは2ナノメートル(nm)です。原子が90個ほど集まって構成され、長さは原子20個分ほどです。仮に実際の車に置き換えると、野球のボールが地球の大きさになってしまいます。素材は、私が合成した「分子ペンチ」の際に用いた、「ビナフチル」という分子をベースにしています。2つの分子ペンチのうち、一方を反対向きにしてくっつけた形です。これに電気エネルギーを与えることで、ちょうどペンチの持ち手の方がバタバタと動くような構造でした。人間が手足をバタバタさせて前に進むといった感じです。
―犬がくわえる骨のような形、といっては失礼ですが・・・
4輪のついた車の形状だったり、タイヤのように回転するような構造だったり、いかにも自動車っぽい形状で参戦したチームもありましたからね、奇妙に思われるかもしれませんね(笑)。参加したのは6チーム。とにかく素材も形状も全く違い、サイズも私たちの数倍の大きさだったり。そこは分子合成の方法や駆動方式の違いゆえにさまざまですが、各チームなりの勝算があるわけです。
―残念ながらレースはリタイアとなってしまいました・・・
最初はかなり良いところまでいけるんじゃないかと思ったんですが、スタートしてすぐに、コンピュータートラブルに2度見舞われてしまい棄権となってしまいました。当初、復旧作業を続けましたが、その際、他チームがサポートをしてくれたのはうれしかったですね。しかし、そのことで金表面のコースや他チームへ悪影響を及ぼすことを回避するために、途中棄権しました。
―自分に非のないトラブルなのに、自己犠牲になったと?
まあそうなります(笑)。ですが、その姿勢に対し「フェアプレイ賞」をいただきました。
途中棄権となりましたが、他のチームからサポートをもらいながら、さまざまな情報交換もできたので、一定の目標は果たせたと思っています。
―レースに挑んだことで、発見などはありましたか。
今回のプロジェクトで他のジャンルの研究者と交流できたのが、大きな経験となりました。
私たちの有機化合物の部門と、STMを扱う部門では対象物へのアプローチが異なります。有機化合物の合成は溶剤を使って分子を合成するため、分子一つ一つを見ることはありません。しかしSTMの専門家は分子を単体で扱います。時間軸についても、私たちの実験では半日単位で変化を捉えることが多いのですが、STMは一つの実験をするのにも一週間ぐらいかかることがあります。一緒にプロジェクトを進めることで、こうした違いを知ることができ、今まで常識だと思っていたことも担当する部署によって大きく違うんだということに気付きました。
―ところで、ナノカーレースが開催されたきっかけは、2016年のノーベル化学賞のテーマが「分子機械(ナノマシン)の設計と合成」だったからですか。
いえ、ナノカーレースは、2013年に関係者には発表されていたので、分子機械がノーベル賞を受賞したからというわけではないんです。
分子機械は、これからの世の中のイノベーションに大きな役割を果たすのではないかと大きな期待を寄せられています。ノーベル賞に関する公式ページには「分子モーターは1830年に発明された電気モーターと同じで、これらが洗濯機や扇風機などの家電製品につながるとはわからなかった」とあります。機械としては未発達で、動く仕組みや効率的な合成方法などの研究はまだ端緒についたばかりなのですが、新素材やエネルギー貯蔵システム、微小センサーなどに利用できるのではないかと考えられています。
―では、なおさら研究にまい進されるきっかけになったレースでしたね。再挑戦はあるんでしょうか?
ナノカーレースは今回だけでなく、次回の開催も検討されているそうです。次も分子の可能性を追求できるチャレンジをしたいと思います。結果的に勝利につながるのであればそれに越したことはありません。
―最後に、女性として、母親としての中西さんについてお伺いします。中西さんは「平成29年度 科学奨励賞受賞者」を受賞されましたね。授賞理由に研究内容だけでなく、「育児と研究を両立して、50報以上の論文を報告するなど、女性研究者のロールモデルを提供する存在である」ことも評価されていますね。
私自身が、女性を意識して研究しているわけではないのですが、さまざまな委員会や会合に呼ばれ、女性としての発言を求められることも多くなりました。求められる限りは、できるだけ応えていきたいと考えています。
今後も、分子の常識と思われていることを壊していけるような研究を続けたいと思っています。柔らかい分子を使って、性質そのものを変えられたら面白いですね。
ナノカーってどうやって走るのか?などの情報は、取材後記/こぼれ話をご覧ください。