世界中のさまざまな「おもてなし食」をノンフィクション作家の中村安希氏に紹介していただく本コーナー。10年間で約90カ国を旅してきた中村氏の心に残った食のおもてなしとは――。第12回は“きちんと”作られた魅惑のスープです。

小さな国の大きな気遣い

 旅先で知り合った彼女が「スロベニアから来た」と自己紹介をした時、私は多くの人がそうであるように「あのチェコスロバキアの?」と、トンチンカンな返答をした。スロベニアは、西を観光大国イタリアに、東をアドリア海の至宝クロアチアに、そして北を音楽の都オーストリアに囲まれた、ぱっと見は地味な国である。国土面積は日本の四国程度しかなく、人口わずか200万人という小国からやってきた彼女は、私の間違いにきっとウンザリしたはずだったが、「スロベニア宛の郵便物がスロバキアに行っちゃうなんてことがよくあるの。世界の郵便屋さんもスロベニアがどこにあるか知らないんだから」と笑って流してくれた。そして、「もしもイタリアに来ることがあったら、こっちにも足を延ばしてみたら? 家族一同、大歓迎しますよ」と誘ってくれたのだった。

 それから1年と数カ月後、深夜のヴェネチア空港に私を迎えにきた友人は、車を首都リュブリャナに向かって走らせるとすぐ、「お腹空いてるでしょ」と言ってアルミ箔の包みを取り出した。中身はサラミとチーズのサンドイッチで、夜の移動を心配した彼女の母親が作って持たせてくれたのだという。
「なんて優しいお母さん! 感謝感謝」
 手放しで感激する私を横目に、彼女は「母は心配性なので……」と少し呆れた表情を見せた。

 翌朝遅く目覚めると、白いテーブルクロスの上にはもう、ハムとサラミ、チーズ、ポティツァ(ナッツを重ねたロールケーキ)が用意されていた。ご両親はとっくの前に朝食を終えていたが、私が食べる様子を熱心に観察しては2人であーだこーだと相談し、キッチンから追加の食べ物を運び出してきた。クッキー、チョコレート、パン類、ナッツ、卵、紅茶、ブランデー、それからビンに入った蜂蜜……。友人は、大きなスプーンで蜂蜜をたっぷりとすくい上げながら言った。
「咳に効くから、お母さんが飲みなさいって」
 長旅の疲れによるしつこい咳に苦しんでいた私をひどく心配してくれているらしいのだ。

画像: 小さな国の大きな気遣い

あの魅惑のスープは何だったのか?

 一見すると何でもないようなスロベニアでの食事は、しかし日を追う毎にじわりじわりと存在感を増していった。豪華さによってではなく、こだわりによって。彼女たち一家の食事には、「良いものを食べる」ことへの静かな情熱と、「きちんと作ること」への徹底した姿勢があった。しかもそれを、ごくごく当たり前のこととして、日常のなかでさりげなくやり遂げてしまっていた。
 蜂蜜は産地のはっきりした手作りのものだったし、いくつかの野菜は庭でお父さんが育てているものだった。さらに別室には巨大な冷凍庫が完備されていて、彼女はふたを開けるとこう言った。
「ハムもサラミも自家製の無添加よ。親戚一同で飼っている豚を一頭丸ごと潰してるの。この家には市販の食べ物はほとんど置いてないから、安心してたくさん食べていってね」

 日本では高くてなかなか食べられない肉類を、私は彼女に言われるがままに食べまくった。そして何とスロベニアに滞在した9日間を通じて、私は一度も外食をしなかったのである。私たちは毎日どこかへ出かけたし、イタリアに遊びにいったりもした。けれど、食事の時間には必ず家に戻るか、遠出をする時はサンドイッチやピクルスを持たせてもらっていた。お母さん曰く「観光地のレストランは、質も味も大したことない割にバカみたいに高いので、お金を使うべきではない」ということだった。

 「でも、毎日お家ご飯じゃ飽きちゃわない? たまには外でも食べたいわよねぇ……」と、友人は困った顔をしつつも、食事の時間までには必ず車をぶっ飛ばして家に戻りついた。そして私はと言えば、彼女の心配をよそに、お家ご飯に取り憑かれつつあった。特に、あのスープに……。黄色い米粒のようなものを浮かべた透けるような薄黄色の液体、食事の初めにさりげなく出てくる一皿が、忘れられなくなってしまったのだ。

画像: あの魅惑のスープは何だったのか?

シンプルな味を支えるこだわりのダシ

 数年後、私は再びスロベニアを訪れた。取材旅行先での外食生活に疲れ、滞在先のオーストリアから友人にヘルプを出したのだ。残りの予定をすべてキャンセルし、私はリュブリャナ行きの列車に飛び乗った。
 到着した私を待っていたのは、あの魅惑のスープ『ゴヴェヤユハ』だった。ひと塊の牛肉と数種類の野菜、ハーブ類を水から約3時間じっくりと煮込んで取ったダシに、リバナカサという黄色い粒を浮かべた一品。リバナカサももちろん手作りで、卵と小麦粉をこねて硬めに作ったパン生地をおろし金で粒状に挽き、テーブルクロスの上に敷き並べて乾燥させて作っているらしい。たった一皿のシンプルなスープの裏には、気の遠くなるようなプロセスがあった。なるほど、固形ブイヨンにお湯を足してマカロニを浮かべただけのものなどとは比較にならないわけだ。

 翌朝遅い朝食を取った後、私と友人はアドリア海に遊びに出かけた。昼時を過ぎてしばらくすると、彼女の携帯が鳴った。お母さんからだ。
「何時に帰ってくるの? だって。でも心配しないで。今日こそは外で食べるんだからって言ってやったわ」
 彼女は決心が揺るがないうちにレストランへ足を踏み入れると、「さあ、注文しましょう!」と自らを鼓舞するかのように勢いよくメニューを開いた。しかし私たちに注文できたのは、せいぜい一皿の貝の蒸し物。しかも食べている間中、私は別のことを考えていた。出しなにキッチンで見た小鍋のこと。肉の塊を鍋に沈めて、お母さんはダシを取っていた。鍋のサイズからするとゴヴェヤユハではなさそうだったが、お母さんの自信たっぷりな笑みからすると、別のスープかそれとも……。

 彼女の携帯がまた鳴った。電話を切った彼女は1つため息をつき、しかしどこかちょっと得意げに言った。
「早く帰って来いって。チキンリゾットがもうすぐ出来てしまうからって……」
 ダシをたっぷりと吸い込んだ米粒たちに悩殺されながら、私はナプキンで口元を拭って言った。
「お家に帰ろう。早く、帰ろう!」
 店を出て車に乗り込み、私たちは家路を急いだ。高速に乗ると彼女は、いつもより心なしか強くアクセルを踏み込んだ。

画像: シンプルな味を支えるこだわりのダシ
画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。 2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。 撮影:亀井重郎

中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。
2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。
撮影:亀井重郎

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