10年間で約90カ国を旅してきたノンフィクション作家の中村安希氏に、世界の食の「おもてなし」を紹介していただく本連載。第11回は、9年前にミャンマーでご馳走になった人々を再び訪れる話です。中村氏は再会を果たせたのでしょうか。

タダ飯を食べ続ける重さ

 記憶を頼りにお茶屋さんのところで角を左に折れると、心臓がドキドキした。あの時38歳だった彼女は、今年で47歳のはずだった。若くして両親を亡くした後、5人の弟妹の先頭に立って家を切り盛りし、前夫に先立たれた後は、再婚した若い夫との間に3人の子どもを育てていた彼女が、今も元気にしている保証はどこにもなかった。長年軍事政権下にあったミャンマーでは、ネットや電話などの通信インフラの整備が遅れていた。そんな国に住む彼女と連絡を取る方法は1つしかなかった。私が一方的に手紙を書き送ること。しかしその手紙でさえ、彼女に届いたかどうかは分からなかった。あれから9年。何の手がかりもないままに心配し続けるには、あまりにも長い年月だった。
 

 彼女と知り合ったのは、村のお茶屋さんで朝食を食べていた時だった。茶目っ気たっぷりに話しかけてきた彼女に誘われて、食事の後、家に向かった。彼女は、スパイスを効かせた野菜炒めや小エビ入りのカレー、酸味のあるスープなど、4品ばかりのおかずと山盛りの白米を食卓に並べてこう言った。

画像: タダ飯を食べ続ける重さ

「毎日、昼も夜もここへ来て、私たちと一緒にご飯を食べたらいい」と。
 彼女の家族や親戚からの歓待が続いた。彼女たちのつましい暮しの中で、私の皿に盛られるおかずだけが、いつも目を引いて豪華だった。私がエビを食べ尽くした後の、僅かなカレーの残り汁で大量の白米をかっ込む育ち盛りの子どもたちの姿に耐えられなくなって、とうとう足が向かなくなると、彼女たちは人力車をハイヤーして宿まで私を迎えにきた。
「歩いてくるのに疲れたのかと心配した。食事の準備ができたから早く食べにおいでよ」

 彼女たちは何の見返りも求めなかった。せめて食費だけでも受け取ってもらえていたら、もう少し気持ちは楽になっていたかもしれない。10日間もタダ飯を食べ続け、とうとう村を離れることになったあの夜、彼女は涙を拭いながらこう訊いてきた。
「また会いにきてくれる?」
 私は答えなかった。耳触りのいい言葉でごまかすことができなかった。相手が彼女でなければ、何とでも言えたのだけど。

あの夜を取り戻すために

 見覚えのある十字路まできてから近くの雑貨屋に立ち寄り、「モモを知らないか」と訊くと、店主は隣家を指差した。隣の家の入り口付近を覗き込む。すると中にいた女性が、すーっと吸い寄せられるようにこちらへ歩み寄ってきて、呆然とした表情で呟いた。
「ア、アキ……、アキ」
 懐かしい顔。モモの妹、キンネモだ! 彼女は、9年前に通りすがった旅人の名前を忘れてはいなかった。
「モモ、朝ご飯。ティーショップ。直ぐ戻る。ここで待って」

 キンネモは私を居間に座らせ、ソワソワと表の様子を見に行った。部屋の奥に置かれた1台のテレビが目に留まり、私をあの頃に引き戻していく。この村を去る前夜、まだ改築途中で壁しかなかったこの居間で、モモや子どもたち、近所の人たちと一緒に、古いテレビに映し出される韓国ドラマを観賞した。ひどく気落ちしたモモは、両目を赤く腫らしていた。苦しい夜だった。用意してくれていた高価なリンゴが、皿の上に残っていた。私は最後まで、そのリンゴに手をつけることができなかった。私は若くて不器用だった。重かったひと欠けのリンゴ。私が拒絶した「もてなし」は、後にも先にもあの一度だけしかない。

「帰ってきた!」
 キンネモの声を聞いて、私は表に飛び出した。夫の運転するバイクを降りたばかりのモモに歩み寄ると、彼女はポカンとした表情のまま、何も言わずに私の手を握りしめた。
「帰ってきたよ、モモ」
 モモは私の顔をまじまじと覗き込み、それから大真面目に言った。
「朝ご飯は? ティー? コーヒー?」
「えっ、いきなりそこ?」
 笑う私につられて、モモも笑い出した。そしてすっかりいつもの調子を取り戻した彼女は、さっそく食事の準備に取りかかった。

きっと最後ではない晩餐

 モモは7年前に4人目の男の子を出産していた。あの頃よく一緒に遊んだ上の二人は成人し、3歳だった三男坊は12歳になった。買ったばかりの青野菜をテーブルの上に広げ、丁寧に下処理を施しながら、モモはこの9年間に起きたことを話してくれた。そして、食事が済んだら一緒に寺院に行こうと言った。数年前に、家族みんなで祈った寺院だから、と。
「ジャパン、地震と水がきた。ニュース見た。心配した。家族で寺院行った。どうか生きていて欲しい。祈った」

 白米が炊きあがる頃合いを見て、モモはサッと青野菜に火を通した。鮮やかなグリーンの野菜炒めを、他の数種類のおかずやスープと一緒にテーブルに並べ、いっぱい食べるようにと言った。私が食べる様子をじっと観察しているだけの彼女に、一緒に食べようと言ってみたが、「これはあなたの食事だから。私たちは後で食べる」と言って聞かなかった。相変わらずだ。テーブルの横にちょこんと座って、嬉しそうにこちらを眺める様子も、あの頃と全然変わっていない。
 食事を終えると、また食事になり、それが終わるとまた食事になった。モモの挨拶回りについて行くと、先々で必ず食べ物が出てくるからだ。隣のおばあちゃんも、斜向かいのおばちゃんも、みんな覚えていてくれた。モモの弟宅を訪れると、奥さんが写真の束を持って出てきた。色あせた写真の中で、あの頃の私たちが笑っていた。私が日本から送った写真は、無事彼女たちの元に届いていたのだ。

画像: きっと最後ではない晩餐

 2日間続いた激しい歓待の嵐の最後は、やはりモモの居間での夕飯だった。彼女は、私の夜行バスの時間をひどく気にしながら、いつものようにご飯と惣菜を並べ、特別に取り寄せたという寒天のお菓子をデザートに出してくれた。少しずつ表情が暗くなっていく彼女に笑って欲しくて、私はいっぱい食べた。食べて、食べて、食べまくった。
 時間がくると、モモは家族に留守番を言いつけ、私と一緒に表に出た。薄暗い村の夜道を二人で並んで歩いた。9年前と同じ道を、同じように黙りこくって。
「また会いにきてくれる?」
 夜の静寂に、モモが鼻水をすする音だけが聴こえる。
「うん。また会いに来る。必ず、来るよ」        

画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。 2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。 日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。 その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。 撮影:亀井重郎

中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。
2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。
日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。
その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。
撮影:亀井重郎

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