数々の水族館のリニューアルに関わる、水族館プロデューサー 中村 元氏。成城大学経済学部を卒業後、地元の鳥羽水族館に就職したことが、水族館との最初の出会いでした。魚のプロではなかった中村氏が水族館プロデューサーのプロフェッショナルになれたのは、水族館づくりに顧客視点の考えを取り入れたことでした。中村氏が何を考え、どのように行動してきたのかを伺いました。
来館者から教えてもらった
-中村さんは大学でマーケティングを勉強され、卒業後に鳥羽水族館に入社されました。まず、そこで何を経験したのでしょうか。
鳥羽水族館に入社して思ったのは、自分は魚や水族館のことを何も知らないということでした。そこで、3年間飼育課に配属してもらいました。初めに魚の解説版を作るように言われました。そこでまず、既存の解説板を読むお客さまを観察しました。すると、長い解説版はだれも読んでいないことに気付きました。この発見が面白くて、お客さまの行動をもっと詳しく調べるために、今度は後を付いて回ってみました。そこで分かったのは、全ての水槽がしっかりと見られているわけではないことでした。
お客さまは、最初のうちはよく見ているのですが、後の方になると見なくなる。当時、水族館は、目玉となる水槽やイベントを最後の方にレイアウトしていました。ところが、水族館が一番見せたいと思っているところに来ると、時間がないとか、疲れているとかでほとんど見ないのです。
また、青いトーンの水槽の前では時間を使っていることや、暗い水槽よりも、明るい水槽をよく見ることも分かってきました。つまり、お客さまは魚を見に来るというよりも、水槽の中全体を見に来ているのではないか。生物を見せるためには、美しい水中を見せることが大切なのではないか、と考えたのです。
-知識を提供するというより、「すごいな、楽しいな」という感動を提供することですね。
水族館は社会教育施設です。ところが多くの水族館は、主に子どもに対する生物学の教育施設ととらえて、魚の見分け方や、魚の生態を教えることが大事だと考えています。しかし、社会教育とは豊かな教養や生きるための活力を国民全員に提供することです。水中世界に興味を持たなければ、知識が身につくことはありません。水族館ではまずは魚に対して興味を持ってもらい、さらに詳しく知りたくなったら、本で調べることができるのです。
解説版を読ませようとすればするほど、魚を見る時間が少なくなり、それでは本末転倒です。それよりも、水槽を見たら、何か発見できるようにする方が大事だと思ったのです。
-魚の行動観察より先に、来館者の行動観察から水族館を知ろうとしたのですね。
生物とお客さまから教えていただくことは、たくさんあります。
その後、飼育担当からアシカのショー担当になったのですが、あまり優秀とは言えないアシカを任されました。他のクルーに比べれば、僕も輪投げを上手に投げられないし、アシカも失敗が多い。そこでそのアシカに、輪っかを落としたら拾う技を教えました。
すると、僕のショーが一番お客さまに受けたのです。「あのお兄ちゃん下手なのに、アシカが全部カバーしている」。「アシカはえらい、兄ちゃん、もっと頑張りや」と。「アシカはすごいな」と、お客さまは喜んでくれたのです。
大切なのは「この生物はすごいぞ」ということをお客さまに知ってもらうことです。「このアシカは、南米から来たオタリアという種です」という説明を覚えている人はどれだけいたでしょうか。言葉や文字で解説をするよりも、動物そのものの行動を見てもらうことが必要なのです。
生き物の生命力を伝える力
-来館者が何を求めているのかという視点が大事なのですね。
僕以外の飼育スタッフは、魚や生物が好きで水産学を学んできた人たちでした。人間よりも魚の方が好きだという人もいます。回りにいるのはこんな人たちばかりですから、水族館に来る人も当然魚が好きだと思ってしまっているのです。さらに、自分たちが勉強した知識を伝えたいと強く思っています。しかしお客さまに伝えるのは、科学や学術的な知識ではなく、「海の命はすごいよ」「命1つ1つに魂があるのだ」という、社会人としての教養が大切だと考えています。
-教えるというより、伝える力が求められていたということですか。
飼育係のときに、イルカの一種であるスナメリの出産ビデオの撮影に成功しました。当時は、非常に珍しい映像でした。テレビ局に連絡をしたら、その映像が各局全国で放映されました。そして翌週のニュースがいろいろな媒体に掲載されました。そして翌週の週末になると、来館者が一気に増えたのです。それまで特にスナメリに人気があったわけではないのですが、皆さんが「スナメリの赤ちゃん」を見に来たのです。旅行会社やバス会社に営業に回るよりも、ビデオで撮影したものを放送してもらう方が効果的ではないか、と思ったのです。そこで館長に掛け合って広報室をつくりました。水族館動物園における日本で初めての水族館の広報室でした。
広報室で最初に仕掛けたのがラッコでした。ラッコもそれまで、一般の人たちによく知られた動物ではありませんでした。ラッコがお腹で貝を割る姿や、グルーミングをしているかわいい姿をビデオで撮って、テレビ局や雑誌社、新聞社に見せて回りました。これが大成功で、来館者の数が3倍ぐらいになりました。
大人をターゲットにした水族館
-中村さんが鳥羽水族館のリニューアルに関わったのはいつ頃ですか。
入社して15年ほどたった頃です。
リニューアルに際して、子どもたちは何が好きなのだろうと、アンケートを取りました。すると、ペンギン、カメ、カエル、サメが上位に上がりました。その理由は子どもが知っている動物だからです。どれも絵本に出てきますよね。多くの絵本に出てくる動物は、ゾウだったり、キリンだったり、ライオンやパンダやコアラなどの陸上の動物ばかり。これでは、どこまで行っても水族館は、動物園の人気に負けると思いました。
当時、動物園の来場者の比率は子どもが6割で大人が4割でした。ところが水族館は逆で、子どもが3割、大人が7割。「だから子どもを増やさなければいけない」と言われていました。僕は逆に大人にターゲットを絞った水族館づくりを考えました。子どもでは動物園に負けるだけだし、人口では大人の方がはるかに多いのだから、大人を集客した方が来館者は増えるからです。鳥羽水族館をリニューアルするとき、コンセプトは大人にしました。それからはずっと大人をターゲットにしています。羽
-最近の水族館には、デートスポットとして人気の高いところが多いと思います。
大人のための水族館を打ち出すためにアピールしたのは、「デートに使える水族館」でした。「超水族館」「海より広い海がある」というキャッチコピーも使い、とにかく大人に受けるように考えました。デートに使えることをアピールしたのは、女性が行って楽しいということを端的に表せるからです。この戦略以降、マスコミは水族館をデートスポットとしてとらえるようになりました。そのため、1990年以降の水族館の大人率は、8割を超えているところが多いのではないかと思います。
後編では、中村氏が水族館のプロデュースをどのように進めてきたのか、引き続きお聞きします。後編は2016年8月公開予定です。
感動する水族館を生んだ「顧客視点のプロデュース」とは?(後編)-水族館を大衆文化として花開かせたい:プロフェッショナルから学ぶ「仕事の心」第5回(2016年8月16日号)>>>