ノンフィクション作家の中村安希氏に、世界各地の食の「おもてなし」を紹介していただきます。
第10回は、断食月(ラマダーン)(※)のさなかに振る舞われたバングラデシュのご飯です。空腹を何日も繰り返すことで中村氏はどんなことを感じたのでしょうか。

コソコソ食べる後ろめたさ

 何もこんな時期に来なくたって、よかったんじゃなかろうか……。永遠に乾かない洗濯物に囲まれながら、ぐったりとベッドに横になり目を閉じた。雨期真っ只中にあるバングラデシュは、連日激しい雨が降り注ぎ、道のあちこちが冠水していた。おまけにイスラム教の断食月(ラマダーン)中とあって、昼間の街には活気もなく、聴こえてくるのは雨粒が路面を叩く音だけだ。さっき宿の自室で隠れて食べたバナナは、皮を残してきれいさっぱり姿を消した。うっすらと目を開けて、時計の針に目をやる。断食が明ける夜7時まで、あと4時間。とくに眠いわけでもないのに、体を起こす気力が湧いてこない。

「君はイスラム教徒じゃないんだし、食べたって全く問題ない。私たちに気を使わずに、自由に食べてください」
 断食明けまで残り15分を切った頃、私は宿近くのレストランの席で、隣のテーブルにいた2人組のビジネスマンからそんな風に声をかけられた。卓上には、断食明けに食べる「イフタール」と呼ばれる食事が用意されていた。揚げ物を中心にご飯やカレーが少しずつ盛られた、取り合わせ的な一皿だ。
「いえいえ、ラマダーン中ですから、私もアザーン(モスクから流れる祈りで、この場合、日没の断食明けを知らせる)を聞くまでは食事に手をつけるわけにはいきません」

 いかにもな模範解答を返すと、彼らは「我々の宗教を尊重してくれてありがとう」と礼を言い、「私たちのテーブルで一緒に食べましょう」と誘ってくれた。席を移り、店内を見回す。若者のグループや家族連れがテーブルを囲み、イフタールの皿を前に、じっとその時を待っていた。その中に、15皿ほどのイフタールが並べられた、ひと際大きなテーブルがあり、間もなくひと組の小学生が現れて席に着いた。見たところ保護者の姿はない。奇妙な光景だ。

「さあ、もういいだろう。食べよう!」
 あと2~3分待てばアザーンというタイミングで、2人のビジネスマンはややフライング気味に食事に手を付けた。無心で揚げ物をほお張り、やっと一息ついたところで顔を上げると、小学生の群れはもうそこにはなく、大量の食べ残しと、代わって現れた1人の青年の姿だけになっていた。
「どう、美味しかった?」
 青年に声をかけられて、私はこっくり頷いた。あまりの空腹のせいで、本当はどんな味がしたかなんて全然覚えていなかったのだけど……。

痛みを分け合い、喜びを分かち合う

 翌朝、青年は運転手付きの車で現れた。彼は地元のNGOのスタッフで、ストリートチルドレンを支援していると言った。路上で寝起きしている子どもたちを集め、基本的な生活マナーや薬物の危険性などを教えているらしい。昨日の子どもたちは、彼が食事に招待したストリートチルドレンだった。
「風呂に入れて、行儀よくするよう教えて、受け入れ先の飲食店探しに奔走して……。やっとここまできたんだ」
 彼は、活動支援金が欲しいと直接的には言わなかったものの、彼自身をツアーガイドとして雇ってくれないかと持ちかけてきた。私はオーケーを出し、そして今日、青年は車をアレンジして迎えに来たのだ。
 

  ラマダーンの目的は、普段満足に食べることができない貧しい人々の痛みを、皆で分け合うことにあると言われる。そして痛みを分けた後は、寛大な精神をもって、食べられる喜びを皆で分かち合う。ラマダーン中に喜捨が促進されるのはそのためだ。そんな雰囲気の中にいると、異教徒の自分までがケチケチしていられなくなる。ツアーが一通り終了したとき、支払った代金に見合う内容だとは思えなかったが、文句を言う気は意外と湧いてこなかった。そしてツアーの終わりと同時に、私はツアー以上のものを与えられることになった。
「私の家に来て、一緒にご飯を食べましょう」
 ずっと寡黙だった運転手が、帰り際の私に突然声をかけてきたのだ。

1人ではない心強さ

 運転手の家は、長屋の一角にあった。家に着くと、彼の妻と2人の子ども、それに同じ長屋に住むたくさんの親戚たちが飛び出してきて、大歓迎してくれた。夫婦はすぐにイフタールの準備にとりかかり、揚げたてを食べるよう勧めてくれた。とは言っても、みんなが我慢している時に、1人だけ先に食べるのは、やっぱり気が引ける。一方で、異教徒に自分たちの習慣を押し付けたくない、という彼らの思いを受け止めるなら、揚げたてを美味しくいただくのが礼儀でもあった。私は1人で食事をとり、お礼を言った。お腹は空いていたし、有難かったことに違いはない。
 

 夜7時が近づくと、家族はイフタールを囲んだ。おなじみの揚げ物の他に、ボールに入ったご飯があった。ご飯には、豆カレーや千切った揚げ物、米菓子が加えられ、それを長男が豪快に手でかき混ぜた。そしてアザーンが耳に届くと同時に、みんなの手が一斉に1つのボールに伸びた。待ちに待った断食明けの食事。みるみる空になっていくボールのご飯。そんな様子を眺めながら思った。私もまぜご飯が食べたい……。

画像: ボールに入ったまぜご飯

ボールに入ったまぜご飯

 翌日も、翌々日も、運転手は私を食事に誘ってくれた。最初こそ、「残り物の混ぜ合わせをお客さんに出すなんて……」と、ためらい気味だったまぜご飯の輪にも、お互いに打ち解けてきたことで、次第に入れてもらえるようになった。まぜご飯は、サクサクした米菓子の食感が新鮮で、とても食べやすかった。揚げ物中心だったラマダーン中の食生活の中では、オアシスのような一品でもあった。そして何より、お腹をおもいっきり空かせたあとに、みんなとガツガツ食べる賄いメシは、もうそれだけで激しく食欲をそそる。
 

 レストランにすっかり足が向かなくなったある夕方、みんなが待つ長屋への小道を歩きながら、ボールのまぜご飯を想像し、溢れてくる生唾のやり場に困った(断食中は唾を飲み込むのも禁止)。と同時に数日前、自室でコソコソご飯を食べては、それでも消えない空腹感と食べてしまった罪悪感に打ちのめされていた自分を笑った。私の姿を見つけると、長屋の子どもたちが一斉に走り寄ってきた。断食明けまであと2時間。早くまぜご飯が食べたい! でもみんなと一緒にいられるのなら、今夜もまた、楽しく我慢できそうだ。

画像: みんな一緒に食べる断食明けのご飯

みんな一緒に食べる断食明けのご飯

※断食月(ラマダーン)とは、イスラム暦の9月(2016年は6月6日から7月5日までの予定)のことで、ほとんどのイスラム教徒は日の出から日没まで食べ物と飲み物を断ちます。悪口を言わず、コーランを読んだり、貧しい者に施しをしたりすることが勧められています。

画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。 2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。 日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。 その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。 撮影:亀井重郎


中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。
2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。
日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。
その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。
撮影:亀井重郎

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