ノンフィクション作家の中村安希氏に、世界各地の「おもてなし」を紹介していただく本コーナー。第8回は、登山でフラフラになった中村氏がどうしても食べたかったウガンダの食事を紹介します。中村氏を癒やしてくれた食事とは、どのようなものだったのでしょうか。

あなたの国のごちそうは?

おもてなしとは何だろう? 『もてなし』を辞書で引くと、客に対するあつかい方、客へのごちそう、とある。では、『ごちそう』とは何か? 辞書には、豪華な料理、いつもと違うぜいたくな食事、とある。もしもこの定義に間違いがないなら、彼らがやろうとしていたことは、まさに最高のおもてなしだった。
その日、私はウガンダという国の山岳地帯の中にいた。2人のガイドに助けられ、5,109メートルの頂に立ったあと、私たちは大急ぎで山を下った。麓の村を離れること7日目。そのときまでに計19食分の食事が出されていたが、残念な内容だったと言わざるをえない。ガイドやポーターたちが、ウガンダの現地食を食べる横で、外国人の私一人だけが、特別なおもてなしを受け続けた。サンドウィッチ、オートミール、フライドポテト、ピーナッツバターにトースト……。
疲労の蓄積とともに、食事は喉を通らなくなっていった。パンを見ると吐きそうになった。温かいお粥やうどんが、夢にまで出てくるようになった。ガイドたちと同じように、蒸かした芋やキャッサバや、柔らかく練ったポショ(トウモロコシ粉を蒸かした主食)が食べたかった。食べさせて欲しいとお願いもした。けれど願いは叶わなかった。ガイドたちは言うのだ。
「僕らが食べるアフリカのご飯を、お客様にお出しするわけにはいかない」と。
これも長かった植民地支配の影響なのだろうか、アフリカの人たちには、自分たちの食文化に対する誇りのようなものがない。「いい店を知ってる」と現地の人が紹介してくれるのは、ピザやハンバーガー屋ばかり。彼らは旧宗主国の白人が食べるものを『ごちそう』だと思い込んでいるのかもしれない。
ガイドたちは精一杯もてなそうとしてくれていた。けれど7日目の夕方、最後のキャンプ地に着いたあと、私はとうとう直訴した。
「腹が減っては登山はできない。キャンプはせずに、このまま村まで下り切る」
夜の山道を猛烈な勢いで駆け下りながら、ガイドがボスに連絡を入れた。客からのクレームに青ざめたのか、ボスは「食事の用意をしてお待ちしている」と丁重に返してきた。
ガイドが携帯を耳から外し、私に訊いた。
「ボスが、何が食べたいかと聞いています」
私は間髪入れず、こう答えた。
「マトケとジーナッツソース」
ボスに報告したガイドが、困り顔でもう一度こちらを振り向いた。
「アイリッシュポテト(ジャガイモ)じゃダメですか?」

あの時の味をもう一度

画像: マトケとジーナッツソース

マトケとジーナッツソース

マトケを初めて食べたのは、ウガンダ南部の寄宿制学校(孤児院)を訪れた時で、もう8年も前になる。学校に滞在した2週間弱の間、私はほとんど毎日、給食に出されたポショにジーナッツソースをつけて食べた。ジーナッツソースとは、挽いたピーナッツの粉をベースに作った薄紫色のソースのことで、乾燥ピーナッツほどクドくないせいか、毎日食べても飽きがこない。一方でポショはというと、マッシュポテトよりパサパサしていて味がないので、食べ続けていると飽きてくる。そこで時々、ポショに代わって食卓に上っていた主食が、キャッサバ、サツマイモ、それから、私の大好きなマトケだったのだ。
マトケとは、特定の調理用バナナを指す現地語で、果物として食べるその他のバナナ類とは区別される。マトケは、まだ固い緑色のうちに収穫されるので、皮は、手ではなくナイフでむく。中から出てきた白くてツルンとしたマトケは、バナナの葉っぱに包んで鍋に入れ、じっくりと蒸し上げる。するとどうだろう、真っ白だった固いマトケは、真っ黄色の柔らかいマトケに生まれ変わるのだ。そのまま食べてもいいが、定番は何と言ってもマッシュタイプ。潰して少し粘りがでるくらい練ると、甘みが増して、ジーナッツソースの絡みもますます良くなる。
単調なポショの味に飽きた頃、近所の村人が、差し入れ用のマトケを担いで現れたりしようものなら、それだけで夕飯までの数時間が幸福感に包まれた。おやつも、ジュースも、砂糖粒さえ口にできなかった日々の中で、マトケがもたらしてくれた甘みと満腹感は、その後8年が経っても、私の記憶から消えることはなかった。ウガンダに来たからにはもう一度、あの時の甘いマトケが食べたい。

人をもてなすということ

その願いを最高のカタチで叶えてくれたのは、登山会社のボス、ではなくて、山を下りて街に戻ったあとに再会した、地元の若い女性教師だった。体力を消耗してフラフラになっていた私を、家に招いてくれたのだ。彼女が教える学校で子どもたちと対面したあと、私たちは彼女の母親が待つ小さな民家へと急いだ。母親は、「いらっしゃい、待っていたわよ」と言うと、すぐに配膳にとりかかってくれた。
キッチン(といっても、お勝手口に続く通路に炭火のコンロが置かれているだけの簡素なものだが)には、大鍋に入ったたっぷりのジーナッツソースと、バナナの葉で覆われた小鍋があった。母親がバナナ葉の包みを丁寧に開いていくと、白い湯気が立ち上り、その中からツヤツヤに輝く黄色い固まりが現れた。
「ふぉ~、マトケ~!」
感激して変な声をもらした私に、母親が振り向いて言う。
「そうよ、マトケよ! あなた本当にマトケが好きなの? 娘がそう言うもんだから」
「大好きです。それにジーナッツソースも」
母親は笑いながら、ジーナッツソースは私も大好き、と言った。
娘と知り合って2週間。主にツーリストが滞在する私の宿は、かまどで焼いたピザが自慢で、欧米からやってくる旅行者たちを喜ばせていた。けれど滞在中、私はピザを一度も口にせず、屋台の焼き芋や蒸かしバナナの類いばかり食べ続けた。そんな様子を見ているうちに、娘もとうとう悟ったのだろう。
「この外国人のマトケ好きは、筋金入りだ」と。
ならば最高のマトケをということで、ママの味でもてなしてくれることになった。いつものキッチンで作られた、いつもと変わらぬマトケで。
アツアツのマトケを指先で千切りとり、ジーナッツソースを絡めて口の中へ放り込む。やさしい甘みを噛みしめ、飾らない舌触りにホッとする。幸せ……。向かいの母娘が、マトケをほお張りながら微笑んでいる。
「気に入った?」
「もちろん」
娘は皿のソースをマトケでかき集め、デレデレに照れながらこう言った。
「マトケ イズ ザ ベスト」

画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。 2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。 日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。 その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。 撮影:亀井重郎

中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。
2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。
日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。
その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。
撮影:亀井重郎

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