煎茶道 黄檗売茶流 師範
中井 霜仙 氏

江戸時代に誕生した煎茶道は、形式にとらわれずに煎茶を飲んで会話を楽しむ茶道として、文人たちを中心に流行しました。今回お話を伺った中井霜仙師範の黄檗売茶流(おうばくばいさりゅう)は、テーブルと椅子を使うという気軽に参加できる煎茶道です。お茶を煎(い)れることは、「美しさという生きる基準を伝えること」「おもてなしを通じて争いごとをなくすこと」と語る中井師範の言葉は、形にとらわれない煎茶道の精神が現代に通じることを示唆しています。

お茶を煎れるとは、美しい生き方を考えること

―(インタビューに先立ちお茶を煎れていただき)一同大変驚きの味でした。同時に所作が非常に美しいと感じました。

煎茶道の目的は、自分の生き方の基準となる美しさを知ってもらうことにあります。そもそも煎茶道は形式に縛られない茶道として、江戸時代に生まれたものですが、お茶を煎れるお手前には一定の作法があります。その作法に則り、細かな手の動きにまで神経を行き届かせた美しい所作でおいしいお茶を煎れる。まずはその所作を見ることで、美しさを感じていただきたいと思っています。

―私たちでも気をつければできる美しい所作があれば、教えていただけますか。

例えば物を手に取ることをイメージしてください。その時「目で取って、身体で取って、手で取る」ことに気をつけてください。最初に、物を見ることで自分との距離感を測ります。そして自分の身体を物に寄せて、それから手を伸ばして取るのです。なぜ手で取る前に「目と身体で物を取る」ことを大切にするのかというと、それは安心と安全をその行為に持たせるためです。つまり、「目で取って、身体で取って、手で取る」ことで、仕損じる確率をできるだけ小さくするのです。物を動かすときも、手で取ってからはすぐに動かさない、物を置いてからもすぐに手を離さない。美しい所作は、突き詰めると失敗しないための動きなのです。ただし、慎重すぎるとかえって見ているほうは心配になります。動かすときにはある程度の勢いが必要です。
物を丁寧に持ち、すっと動かして、丁寧に置く。たとえ高齢の女性であっても、その姿には力強さがあります。年齢、性別に関係なく、美しい動きは力強い動きでもあると私は感じています。

画像: お茶を煎れるとは、美しい生き方を考えること

―中井霜仙師範は、どのようにして煎茶道と出会われたのですか。

実は私はもともと、関西で畳の製造販売を生業にしていました。36歳の時にたまたま講演会で黄檗売茶流の家元と出会い、その所作の美しさに心引かれたのです。初めは趣味の延長でお茶の会に参加していたのですが、それが高じて師範代をいただき、今に至っています。

―改めて煎茶道とはどのような茶道かを教えてください。

煎茶道では、お茶を煎れることは「目的」ではなく「手段」として捉えています。さらに言えば、煎茶道にとってお茶を煎れるとは、真理を導くための方便だと言ってもよいでしょう。
では、真理とは何かというと「美しく生きることを伝えること」にあると思います。世の中には善と悪があり、人はそれに基づいて生きています。しかし善と悪は、それぞれの世界や人の価値観によって大きく異なります。価値観の異なるところでは争いが起こります。しかし、美しいか、美しくないかは普遍的なものだと思います。普遍的な美しさを基準に人が行動して、皆が美しく生きれば争いごとはなくなるはずです。

―「美しさ」というのが煎茶道の1つのキーワードなのですね。

煎茶道の会では、おいしくお茶を煎れて、皆でいろいろな会話を楽しみます。お茶を楽しみ会話を楽しみながら、美しい生き方を考えましょう、というのが煎茶道の本来の姿なのです。

画像: 「目で取って、身体で取って、手で取る」ことが、美しい所作を生む

「目で取って、身体で取って、手で取る」ことが、美しい所作を生む

コアの部分を残しながら変化する伝統

―数ある煎茶道の中で、黄檗売茶流は立礼(りゅうれい)という作法でお茶を煎れますね。

おっしゃる通り、黄檗売茶流は、正座をせずにテーブルと椅子を使ってお手前をする作法を取っています。そのためお客さまも椅子に座ってお茶を飲みます。正座をしなければお茶を楽しめないようなことはあってはいけない。誰もがお茶を気軽に楽しんでいただきたいという考えからです。
しかし、1つだけ決まりごとを設けています。それは、テーブルの高さを47cmとしていることです。これは、従来の正座でお茶を煎れていたときの作法を、椅子に座っても同じようにできるようにするためです。このテーブルの高さは美しい所作を保つために絶対に欠かせないことなのです。 %

―ずいぶん革新的なことを取り込んでいるように見えます。煎茶道の歴史は江戸時代にまでさかのぼるわけですが、変えてもいいことと、変えずに残すべきことをどう考えていらっしゃるのでしょうか。

私たちが他と比べて革新的なのかどうかはわかりません。しかし、これは「伝承」と「伝統」の2つを考えると分かりやすいのではないかと思います。伝承は、一寸も違わずに綿々と引き継がれていくことです。神社などで執り行われる遷宮式などは、その代表例でしょう。一方、伝統とは、少しずつ変わっていきながら、大切な核=コアとなるところを残していくことです。むしろ、一度壊してから、新しい物を作りながら、その中にコアとなるところを残しているのが伝統と言えるのだと思います。コアを失ったところに伝統は存在しません。

画像: 黄檗売茶流の立礼では、テーブルの高さが47cmと決められている。テーブルの材質や大きさに決まりはない

黄檗売茶流の立礼では、テーブルの高さが47cmと決められている。テーブルの材質や大きさに決まりはない

お客さまに「なりきる」おもてなし

画像: お客さまに「なりきる」おもてなし

―お茶の煎れ方に細かい決まりはあるのですか。

お湯の温度が何度であるのか、茶葉は何gでなければならないのかといった決めごとはありません。約60ccの水を50度弱にまで冷まして、5gの茶葉を入れてから約1分半後に注ぐといった、大まかな手順はあります。しかし、暑い日、寒い日、午前中、午後といった飲む環境によって、お客さまが所望するお茶は変わってきます。暑い日はお湯の温度は低めの方がよいですし、寒い日は熱いお湯の方がよい。昼ご飯に塩分の高い食事を取っていれば、午後に煎れるお茶は濃いめの方がよいのです。

―お客さまによってお茶の煎れ方が少しずつ変わるのですね。

これは、おもてなしの心にも通じます。私たちは、飲む人のことを想像します。もっと直接的な言い方をすれば、おもてなしに大切なことは、お客さまに「なりきる」ことです。お客さまが何を所望しているのか、それまでどのようなことをしてから来られたのかといったことを考えて、それに応えることです。「なりきる」ことは難しい。「なりきる」努力をして、なりきったと思っても、実はお客さまはさらにその先に向かっている。そこに正解はないかもしれません。しかし、そうしたことを愚直に考え抜くことを繰り返すことが、おもてなしの心構えに必要です。そして、「なりきる」おもてなしの心を持てるようになれば、世の中のもめごとはなくなると思います。

画像: 中井師範に煎れていただいた煎茶。口にした取材陣全員が思わず笑ってしまったほど、旨味すら感じるおいしいお茶だった

中井師範に煎れていただいた煎茶。口にした取材陣全員が思わず笑ってしまったほど、旨味すら感じるおいしいお茶だった

―先ほどの「普遍的な美しさを基準に」というお話とあいまって、お茶を通じて世の中の争いごとが減るかもしれませんね。

今、お茶を煎れるという行為が家庭で減っていると言われています。煎茶道は決して敷居の高いものではありません。服装に決まりごとがあるわけでもなく、誰でも気軽な気持ちで参加できます。
大層なことは言いません。決して押しつけることもしません。
お客さまのことを考え抜き、所作を通じて美しさという生きる基準を伝える。
そしておいしいお茶を飲めば、幸せになりませんか。
これからも、煎茶道という伝統を伝えていきたいと考えています。

画像: 中井 霜仙(なかい そうせん) プロフィール: 大阪府高槻市の廣智寺にて黄檗売茶流宗匠より煎茶を学び、その後師範に。 2011年3月黄檗売茶流東京支部を設立。 同年東京・新橋で教室を始める。 以後、滋賀・日吉大社境内、東京・西荻窪、東京・神楽坂でも教室を開催。 2014年には煎茶道黄檗売茶流東京支部事務局を開設した。

中井 霜仙(なかい そうせん)
プロフィール:
大阪府高槻市の廣智寺にて黄檗売茶流宗匠より煎茶を学び、その後師範に。
2011年3月黄檗売茶流東京支部を設立。
同年東京・新橋で教室を始める。
以後、滋賀・日吉大社境内、東京・西荻窪、東京・神楽坂でも教室を開催。
2014年には煎茶道黄檗売茶流東京支部事務局を開設した。

<煎茶席情報>
煎茶道 黄檗売茶流 東京煎茶会 『碧い春』
家元 中澤弘幸宗匠を迎え、本格的な煎茶席を東京で初めて開莚する。
お手前のほか、ギターとボーカルによる歌の催しも行う。
日時:2016年4月19日(火)11時~
場所:サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

お問い合わせは、煎茶道 黄檗売茶流 東京支部へ

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