元プロテニスプレーヤーの杉山愛氏から、世界を相手に勝ち切るためのマインドを伺う2回のコラム企画。今回は、自分の強みを知った上で、相手とどう戦うのか。その戦略の立て方と、どんな状況になっても、平常心を保つことの大切さについて、杉山氏の実体験やメンタルトレーニング法も紹介しながら、お伝えします。

戦う相手の情報を収集し、戦略を立てる

- 前回は、世界で戦うために、自分を知ることが重要だというお話を伺いました。逆に戦う相手を知るためにはどのような方法を使われてきましたか?

画像: 戦う相手の情報を収集し、戦略を立てる

自分の強みを軸としたプレースタイルを守りながらも、相手の出方を測り、試合の中でアジャストしていく駆け引きも必要になるから、当然相手を知る努力も欠かせませんでした。
試合相手が決まったら、その選手と試合をした記憶をたどったり、直に相手の試合を見たりして、相手のプレーを分析します。そういう点では、近年は「You Tube」「スカイプ」などで過去の試合を見やすくなりました。しかし、私の選手時代は今のように容易に映像を入手することができませんでした。そのため、国際電話やFAXなどでコーチに頼み、情報を収集していました。また世界には通信が不自由な環境もあります。そんなときは、コーチに頼んで試合相手について他の選手に聞いてもらったり、アナログなペーパーでデータを集めたりと、足で情報を収集することもあったのです。

‐ 試合相手も当然同じような情報収集をするかと・・・。

そうですね。私が相手のことを調べて、作戦を練っているように、相手も私のことを徹底的に研究していますから、一筋縄で勝たせてはくれません。情報の多い少ないにかかわらず、相手の情報が集まったら、私なりにプランA、プランBと試合の組み立ての作戦を綿密に立てるのですが、本番で思い通りに進むことはほとんどありません。
思うように試合が展開できない時、冷静に戦況を判断し、アジャストしていく。これには、普段の練習から試合を想定し、不利な状況に置かれてもそれに対応する訓練をすることが必要です。

平常心を保ち、力を出し切る

作戦通りに進まないことが多い試合において、もう一つ覚えておきたいとても大切なことがあります。それは、平常心を保つこと。たとえ思うような試合運びにならなくても、平常心が保てていてこそ、相手の出方を見て冷静に試合に適応することができますし、自分の力を100%出し切ることもできます。

‐ 平常心が大切、というのは言うは易く。これを保つというのは一筋縄ではいかないことだと思いますが、杉山さんはどのように?

そうですね。私自身、試合を前にして平常心を保つのに、とても苦労してきた一人です。体調を崩してしまったり、初戦ではプレッシャーから硬くなってしまったり、ロングマッチの疲れが残って思うように体が動かなかったりと、モチベーションを上げることが難しいこともありました。また25歳の時に陥ったスランプで、モチベーションを全く保てなくなってしまったこともあります。その結果、プレースタイルが崩れ、平常心で試合に臨むことが全くできなくなりました。これまで経験したことのないような壁が目の前に立ちはだかり、全く先の見えない、最もつらい時期を過ごしたのです。
では、先の見えないスランプから抜け出すために、何をしたのか。もちろん、コーチやトレーナーを代えて技術面での改革も徹底して行いましたが、私が何よりも力を入れたのは意識改革でした。
それまで、私は世界トップ10になることを目指して、テニスを続けてきました。しかし、当時は先の見えない恐怖心から、テニスを辞めたいとまで思っていたのです。そうした自分のメンタルの弱さからくる思考回路が、スランプをつくり出している最大の要因だと気がついたのです。その状況から抜け出すために、まず初心に立ち返って自分の弱みにしっかりと目を向け、メンタルを改善することが大切だと思い至りました。

平常心を保つメンタルトレーニング

‐ 何か、拠りどころにされたものはありますか?

スランプに陥った時、私はある1冊の本にとても勇気づけられました。塩谷信男さんの『100歳だからこそ、伝えたいこと』という本。この本が、メンタルを鍛え、どんな時にも平常心を保つためにとても役立ちました。前向きであること、愚痴をこぼさないこと、感謝を忘れないこと……シンプルですが、忘れがちな言葉の一つひとつが私の心を打ったのです。
塩谷さんの本も参考にしながら、当時私が習慣にしていた呼吸法とイメージトレーニングを合わせたメンタルトレーニングを一つご紹介しましょう。まず、丹田(へそから5cmほど下のところ)に新鮮な空気を取り入れるように、肺が横に広がるまで鼻からゆっくりと息を吸います。いったん息を止めた後に、ストレスや緊張などの余計なものを体の外に出すイメージで息を吐く。こうした深呼吸を繰り返し、そうして心地よくなったところで、なるべく具体的に良いイメージを思い浮かべます。例えば、試合中、躍動感のあるプレーをして、ポイントを取って、ガッツポーズをして喜んでいるというように。

‐ (実際にやってみて)慣れないと、これだけで結構な運動ですね。

画像: 平常心を保つメンタルトレーニング

私は、朝と夜の2回、30分ずつ行っていました。
スポーツに限らず、ビジネスの上でも、緊張感やストレスにさらされて、平常心が保てなくなる場面も多々あると思います。そんな時、良いイメージを思い浮かべながら、深呼吸をしてみてはいかがでしょうか。
そうしてメンタルの準備を整え、技術面でも日々練習を重ねたら、最後は自分を信じることも大切。「これだけやってきたのだから、私なら勝てる」と。世界で勝ち切るために、最も重要なのは、やはり自分自身を信じることに他ならないのだと思います。

自分を育ててくれたテニスに恩返ししたい

‐ 最後にこの記事をご覧になっているビジネスパーソンに一言いただけますか?

スポーツとは違うフィールドでご経験を積まれている皆さんに、啓発めいたことは言えませんが、仕事をしていると、様々な試練が与えられると思います。その時はつらいと感じます。しかし、そのつらさを味わうことは、チャンスでもあると思います。私の場合も、スランプという試練を与えられた時、そこで初心に戻ってすべてをリセットし、変化を恐れずに再スタートを切ったからこそ、自分の夢であった世界トップ10を実現することができたのだと今は感じています。そう考えれば、スランプも非常に有り難い経験だったと思えるのです。

‐ 今後のご活動の予定は?

振り返ってみれば、精神的にも、人間的にもテニスは私を大きく成長させてくれました。そんなテニスに何か恩返しがしたいと常々思ってきました。
今、錦織選手をはじめ、若く才能のあるテニスプレーヤーが多く登場し、テニス界が盛り上がっています。しかし、これを一過性のブームで終わらせてしまわないために、世界のトップで戦える選手だけでなく、テニスを愛する選手の裾野を広げなくてはいけないと思っています。そのためには、結果だけにとらわれず、その人の持つ力を出し切ることが、素晴らしいのだと、後進に伝えていくことが重要です。
日本のスポーツ界がいっそう発展できるように、後進の指導などを通してテニスの分野で私ができることをしていきたい――。それが、テニスへの恩返しになるのではと考えています。

‐ 貴重なお話をいただき、本日はありがとうございました。

画像: 杉山 愛(すぎやま・あい) 氏 プロフィール: 1975年神奈川県出身 4歳の時にテニスを始める。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位を獲得し、17歳でプロに転向。以後17年間、プロツアーを転戦してきた。 シングルス492勝(優勝6回)、ダブルス566勝(優勝38回)、グランドスラムのダブルス優勝4回。 ダブルスでは世界ランク1位に輝き、オリンピックにも4回出場した。 現在は、スポーツキャスターとして多方面で活躍するほか、ジュニア選手の育成に努めている。

杉山 愛(すぎやま・あい) 氏
プロフィール:
1975年神奈川県出身
4歳の時にテニスを始める。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位を獲得し、17歳でプロに転向。以後17年間、プロツアーを転戦してきた。
シングルス492勝(優勝6回)、ダブルス566勝(優勝38回)、グランドスラムのダブルス優勝4回。
ダブルスでは世界ランク1位に輝き、オリンピックにも4回出場した。
現在は、スポーツキャスターとして多方面で活躍するほか、ジュニア選手の育成に努めている。

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