ノンフィクション作家として活躍する中村安希氏に「世界のおもてなし」を紹介していただく本連載。『食べる。』『愛と憎しみの豚』など、食に関するノンフィクション作品も書かれている中村氏に、チベットの家族から振る舞われた食のおもてなしを紹介していただきます。

癒やされたければ食べて寝るべし

インド北部に連なるヒマラヤ山脈の中に、ラダックと呼ばれる地方がある。標高は3,000~6,000メートルもあり、赤茶色の乾いた岩壁がどこまでも続く。自然は厳しくもあり、だからこそ神々しくもある。人々は主にチベット仏教を信仰し、牧歌的な暮らしを営んでいる。
その一家と偶然出会ったのは、山脈に走る渓谷に沿ってトレッキングしていた時だった。男女5人のグループが、背に大きな荷を積んだ白馬3頭とロバ2頭を追って現れ、一緒に行こうと誘ってきたのだ。彼らは、ラダック最大の街レーから、余暇で渓谷を訪れていて、滋養効果があると言われる温泉を探して旅をしていた。5人のうちの1人は、チベット医学師の尼僧で、腰痛や腹痛を抱えた残り4人のヒーリング・アドバイザーとしてついてきたらしい。
私たちは馬を引き、崖の割れ目を進んで行った。谷間がいよいよ狭くなり道がさらに険しくなると、今夜はここで荷を解いてゲリラキャンプをすることになった。馬たちの背中から、テントやマットや穀物袋に続いて、二口型のガスコンロとLPガスのタンク、巨大な衣装ケース2つと卵数十個が、続々と下ろされてきた。
私たちは急いでテントを組み立て、ガスタンクをコンロにつないだ。テントの中には、あっという間に立派なキッチンが出来上がった。彼らは熱々のチャイをすすり終えると、実に手際よく今夜のカレーの支度を始めた。
これから1週間、彼らはテントで寝起きして、尼僧の指示の下に体の治療を行う。
「朝起きて経を唱え、食べて、寝て、温泉に浸かる。それを毎日繰り返す。食事も昼寝も1日5回。余暇はそうでなくちゃ」
彼らは衣装ケースの蓋を開けて自慢げに笑った。中には大量の食料がぎっしりと詰め込まれている。そしてこう続けた。
「余暇を終えて街に戻ったら、君を家に招待しよう。キャンプ中には食べられない、とっておきの料理で歓迎するよ」

形よりも中身が肝心

家に訪ねていくと、あの時の4人が集まって夕食会を開いてくれた。51歳のお姉さんと歳の離れた弟が2人。それからお姉さんの旦那さんだ。
中華鍋の中には、モモに入れる具が既にたっぷりと用意されていて、あとはみんなで鍋を囲んで皮に包むのみとなっていた。今夜の具は、数種類の野菜の他に、大豆を加工して作ったベジタリアンミートを加えて炒め合わせたものだ。
「僕たちは仏教徒だからね。殺生はいけないとされている」
なるほど。つまり、モモの精進料理版といったところか。が、しかし、だ。
「キャンプのときに、確かお肉を食べてましたよね?」
テントの中でいただいた、マトンの垂涎グリルを思い出しながら言うと、彼らはその事実を認め、あっけらかんと言った。
「食べないほうがいいけれど、食べてはいけないわけではない」
「そんなテキトーでいいんですか?」
「酒も飲まないほうがいいけれど、飲んではいけないわけではない」
するとお姉さんの夫が「おっしゃ、飲むか!」と大はりきりで立ち上がった。キャンプの間中、街に戻ったら禁酒するとあれほど何度も言っていたのに……。
「要するに仏教とは」と彼らは言った。

画像: 一家でのモモ作り

一家でのモモ作り

「これをしろ、とか、するなと言って型を押しつけるものではない。大事なのはその哲学で、中身が肝心なわけだから」
私たちは床に座して鍋を囲み、モモ作りにとりかかった。お姉さんが伸ばした皮に、男たちが具を詰めていく。彼らが作る正統派のモモは、小籠包と同じ丸型で、てっぺんの閉じ口も実に美しく仕上がっていた。
私1人が手間取った。日本で餃子を作るときは、三日月型しかやらないからだ。仕方がない。途中で丸型を諦めて日本流に切り替えた。すると彼らがニヤッと笑って、三日月型に変えてきたのだ。男たちの太い指が器用にひだを入れていく。片面ひだ、両面ひだ、三日月と丸の中間型……。蒸し器の中には、様々なスタイルで作られた無国籍餃子が並んでいった。これでいいのだ。なぜならチベット仏教とは……。
私はまた腕を伸ばして、スプーンの先で具をすくった。

父親2人に育てられて

モモが蒸し上がるまでの間に、家族写真を見せてもらった。大家族が一堂に会し、ダライラマを囲んで写っている写真だ。男6人にお姉さんを加えた7人の兄弟姉妹と、それぞれの配偶者に子供たち、それから。
「これが私の父親で、これも私の父親だ」
正装した老父が2人、写真の両端に立っている。母親の再婚相手か、養父か……。訊きあぐねていると彼は言った。
「一妻多夫って知ってるか?」
そうだ、思い出した。チベットでは1人の女性と複数の男性が婚姻関係を結ぶ伝統がある。一般には、夫たちが兄弟である場合が多く、その背景には、分家をさせないことで限られた農地の分割を防ぎ、家を守る目的があるらしい。もちろん別の理由もあり、夫たちが兄弟ではない場合もある。
「山岳地帯の暮らしは厳しい。一家が食いつないでいくためには、複数の働き手が必要だった。父の代は2人だったが、祖父やもっと前の代は、もっと多くの男手が要った。今は随分と豊かになって、1人の男が1つの家庭を支えていけるようになった」

画像: 様々な形のモモが完成

様々な形のモモが完成

この一帯の自然は苛酷だ。土地はやせて水も少なく、冬場は氷に閉ざされてしまう。夏の僅かな間しか、果物や卵はおろか野菜さえ、ほぼ口にできないという。1年の半分以上を豆や米や大麦などの穀類で食いつなぐのである。
蒸し上がったモモが皿に並ぶと、居間が急に華やかになった。形の違うひとつひとつが、一斉に湯気をたてている。感謝の祈りを捧げてから、唐辛子ソースをつけて齧りついた。モチッとした皮の中には、汁気の少ない濃厚な身が、ギュッと詰まっている。野菜の味がしっかりと残り、パンチの効いた歯ごたえがある。
モモ作りの間のにぎやかさは一転、食事中の彼らは静かだった。ただ黙々と、噛みしめている。私は丸い方を食べ、それから三日月の方を食べた。形の違う2つのモモは、どちらも確かに『モモ』であり、餃子ではない食べ物だった。冬の到来が迫っていた。私も黙って噛みしめた。もうすぐ姿を消してしまう今夏の恵みを詰め込んだ、ずしりと重いひと品である。

画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。 2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。 日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。 その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。 ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。 撮影:亀井重郎

中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。
2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。
日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。
その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。
ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。
撮影:亀井重郎

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