ノンフィクション作家の中村安希氏に、世界各地で振る舞われた食事の思い出を紹介していただく本連載「世界のおもてなし」。第6回は、中村氏が難民キャンプでおごってもらったインスタントコーヒーです。複雑な状況の中で飲んだコーヒーはどのような味がしたのでしょうか。

ナフ川を越えてバングラデシュへ

「お前、ここで何をしてる」
その男に険しい表情で呼び止められた時、私は居心地の悪さから、同行してくれていた現地通訳の男の子に、すがるような視線を送った。狭い路地にできた人だかりが、見るからによそ者と分かる私たちを取り囲んでいる。首からカメラをぶら下げ、ノートとペンを握りしめた私は、通訳が説明を終えるのを待った。男は話を聞き終えると、私に向き直り、自身を指差して言った。
「私は、このキャンプの医師だ」
難民キャンプにいる人の中では珍しく、しっかりした英語だった。私はノートを開いて、彼の目を見つめ返した。
「お名前を教えていただけますか?」
「私の名は、ドゥドゥ・ミア。15年前に、ミャンマーからここに逃れてきた」
バングラデシュの南東に位置するチッタゴン管区の南端に、この難民キャンプはある。
近くの幹線道路からは、川を隔てた向こうに連なるミャンマーの山々が見える。そこは、キャンプで生きるロヒンギャ族たちが、かつて暮らしていた国であり、バラバラになった家族や親戚たちが、今なお暮らしている土地でもある。ミャンマーと国境を接するこの一帯には、バングラデシュ政府の承認の下に作られた登録キャンプと、そうでない未登録のキャンプが、それぞれ2つずつあり、この日私は、国連などの公的な援助を受けていない未登録のキャンプを訪れていた。このキャンプには現在、2,722世帯のロヒンギャ難民が暮らしている。
ミャンマーに軍事政権が樹立し、ロヒンギャ族への迫害が始まった後、医師は、妻子を残して船に乗り込み、1人で対岸へ逃げた。
「国籍や市民権を奪われただけでなく、財産や土地もすべて取り上げられた。ロヒンギャへの拷問や処刑がすでに始まっていて、特に教育を受けた人間は一番の標的にされた。それで身の危険を感じた私が、まずは国外に逃れ、その1カ月後に、妻と子どもが川を渡った。私には9人の子どもがいるが、うち2人は今もミャンマーにいる」

キャンプの中の不安

さすがはインテリだけあって英語がお上手ですね、と感想を言うと、医師は照れたように首を横に振った。ロヒンギャ族の人々は、現在では教育を受ける機会も失ってしまっているが、医師が学生だった頃は、まだ医学部への入学が許されていたのかと訊くと、医師は笑って否定した。
「教育を受けたとは言っても、たったの8年生までだよ。だから専門知識はまったくなくて、すべて独学だ。それでもね、ここにいる人たちからは、いつも頼りにされている。傷の手当から薬の処方、ちょっとした手術まで、診てくれないかという声は、しょっちゅうかかってくるよ」
ところで、と医師は言った。
「窃盗団のことは、もう聞いているか?」
私は、その手の話は耳にしているが、詳細までは知らない、と答えた。ここのところ、難民キャンプの住民を狙った襲撃や窃盗、女性への暴行事件などが相次いで起きているらしく、あちこちで不安の声が上がっていた。医師は、彼の手で銃弾を取り除いたという住民のところへ、私を案内してくれた。
薄暗い部屋の中に入れてもらうと、ふくらはぎに包帯を巻いた男性と目が合った。ひと月前、仕事を終えて仲間数人と帰宅したところを、狙い撃ちされたらしい。 「覆面をした25人くらいの窃盗団が、家の前で待ち伏せをしていました。私は足を10発撃たれ、一緒にいた少年は腕を3発撃たれました」
かかとにできた治りかけの銃弾跡が痛々しい。4人の子を持つ35歳の男が、歩くこともままならぬ状態にあるというのは問題だ。ただ、彼にとってもっと厄介なのは『誰の仕業かが分からない』という不安を抱えていることだった。隣村に住むバングラデシュ人のギャングの仕業か、あるいは同じキャンプ内にいる難民が、金に困って暴徒化しているのか……。事実、避難生活が長引き、困窮を極める難民の中には、犯罪に手を染める者や、売春に手を出す女性も相当数いると言われる。すると医師が、彼自身も身の安全には気をつけている、と言った。
「このキャンプにいる連中の中には、私のことをよく思わない人もいるからね」
「どういうことですか?」
「例えば今日のあなたの様に、外国人が訪ねてくると、私が案内役になることが多い。すると、私が裏で外国人から金を受け取っているのではないかと、疑う人が出てくるんだ」

人が人であるために

画像: 難民キャンプでのインスタントコーヒー

難民キャンプでのインスタントコーヒー

「コーヒーを飲んで行かないか?」
一通りの案内が終わると、医師は私と通訳をキャンプ内のお茶屋さんに誘った。断るのは失礼だし、せっかく仲良くなった医師となら、コーヒーでも飲みながらもう少し雑談をしたいとは思った。ただ私には、心配もあった。きっと彼は私に、お茶代を払わせてはくれない。本来なら、案内をしてもらったお礼に食事に誘いたかったところを、彼の立場を考慮して目立つことは控えるべきと、私なりの配慮をしていたところなのだ。そこへきてコーヒーまでご馳走になってしまったのでは、本当に困ってしまう。
医師は私たちを椅子に座らせ、店先にぶら下げられたインスタントコーヒーのパックを3つ千切りとってから、ポケットからお金を取り出した。
「ちょっと待ってください」
私はとうとう声を絞り出した。そして、気持ちは受け取るので、支払いだけはさせてもらえないかと申し出た。振り返った医師が、なぜだ、と言って笑う。
「案内やら何やらと、本当にお世話になって。私、お金、持ってますし……」
「いやいや君のほうこそ、こんなところまでわざわざ会いに来てくれたんだ。コーヒーの一杯ぐらいご馳走させてくれよ」
いや、違う。そうではないのだ。私は金持ちの国から来た日本人で、私の財布には2週間前にキャッシングした3万円分の現地通貨が、まだ半分くらい手つかずのまま残っていて、一方であなたの日給は、たぶん200円、いや、ぶっちゃけあなたは、貧しい、じゃなくて、あなたは、あなたは……。
「あなたは、難民だし……」
彼が笑い、それから穏やかに私を諭した。
「難民も、人間だ」
あぁ、言うべきじゃなかったと、激しく後悔しながら、彼におごってもらったインスタントコーヒーをすする。一杯40円、3人分で120円。忘れてはいけない味である。

画像: 中村安希(なかむら あき) プロフィール: 1979年京都府生まれ。 2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。 日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。 その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。 ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。 撮影:亀井重郎

中村安希(なかむら あき)
プロフィール:
1979年京都府生まれ。
2003年カリフォルニア大学アーバイン校卒業。
日米での3年間の社会人生活を経て、約2年間、47カ国にわたる旅に出る。
その過程を書いた『インパラの朝』で第7回開高健ノンフィクション賞を受賞。
ほかに『Beフラット』『食べる。』『愛と憎しみの豚』『リオとタケル』の著書がある。
撮影:亀井重郎

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