2004年の現役引退後、5年の歳月を経て、2009年に現役復帰し、
日本代表になった萩原智子氏。
その後、2011年には子宮内膜症・卵巣のう腫チョコレートのう胞にかかり、手術、リハビリを経て、2012年には50m自由形の短水路日本記録を樹立しました。
どのような心構えで、困難を乗り越えてきたのか。
萩原氏に、水泳に懸ける思いや挑戦を続ける心の持ち方などについてお話を伺いました。

水泳は「心の解放」ができるスポーツ

―萩原さんは小さな頃から水泳競技を続けていらっしゃいました。萩原さんが考える水泳競技の魅力とは?

競技として考えると、挑戦する中で、悔しさやうれしさ、苦しさなど、こんなに感情があったのかと気づかせてくれ、新しい自分になれることです。

―水泳全体でみると、どうでしょうか。

「心の解放」ができるということです。プールはよい“裸の付き合い”ができる特殊な場所です。私は区民プールに行っているのですが、そこで知らない人たちに交じって泳いでいた時、背泳ぎでコースロープに肩をぶつけてしまいました。「やっちゃったな」と思っていたら、同じコースにいた80代くらいのおじいさんが「今のは痛かったな。背泳ぎっていうのはね」といって、教えてくれたのです。それで私は「分かりました」といって、コースをUターンして帰ってきたら、「若い人はのみ込みが早いな」とほめてくれました(笑)。日常生活の中では全く知らない人と話をすることはなかなかないのですが、プールで泳いでいる仲間というだけで、そうしたコミュニケーションが自然にできるのです。

画像: 水泳は「心の解放」ができるスポーツ

―元日本代表選手が一般の人に教えられるというのは面白いですね。日本代表などで練習をする時に、一般の人と触れ合うことはあるのですか。

日本では選手だけで練習するのですが、オーストラリアとカナダに行った時に、プールの半分をその国の代表選手たちが使っていて、残りは一般の人がアクアビクスやボール遊びをしている光景に出会いました。
それを見て、日本でも東京オリンピックまでに、同じようにしたいと思いました。
一般の人たちは選手を応援したり、潜って選手が泳ぐ姿を見たりできますし、子どもたちにはあこがれになります。
一方で、選手にとっては大変な励みになります。日本でも、そうした「競泳と水泳の融合」を進めていきたいと考えています。

自分の弱さを素直に認め、自分を分析する

―競技に臨む時に最も心がけていたことは何でしょうか。

自己分析ですね。自分自身と向き合って、自分のことを知るためにさまざまな努力をしました。自分がどうあるべきか、どういう状況にあるか、常に自分を振り返っていました。アスリートで、練習が大好きという人は少ないと思います。つらいし、きついし、弱気になったり、不安になったりもします。その時にどうしてそう思うのだろうかという自分の弱さを素直に認めないと、前に進めません。ですから、自己分析とは「弱い自分をとことん受け入れること」だと考えています。

―いつからそう考えるようになったのですか。

長い間、自分は強いし、よいタイムを出しているので、そんなことを考えなければいけないとは思いもしませんでした。2004年に現役を一度引退して、2009年に復帰、その後2011年に病気をして、再度復帰してから、とことん自分と向き合うようになりました。弱さを認めるのは、特にアスリートにとっては苦しいことですし、避けたい作業ですが、避けては通れません。自分のいいところばかり見ていては強くなれないし、どこかでつまずいてしまいます。

―体調とメンタルを整えるやり方があれば教えてください。

練習がすべてです。水泳にしても、それ以外のスポーツにしても、会議でプレゼンテーションをするにしても、98%が準備や練習、そして心の成長だと考えています。残り2%は当日の度胸です。
誰にも目標や夢があるわけですが、何もせずにそれを達成できる人はいません。計画を立てて、覚悟を決めてやっていく。その中で自分に向き合って、何が足りないかを考えながら取り組んでいきます。そして、できなかったことができるようになった時の喜びが試合に向けてのパワーになります。その意味で、練習がすべてなのです。準備をしっかりするからこそ結果が出せるのだと思っています。

出会いを大切にする

―水泳の練習以外で弱点を克服する方法はありますか。

いろいろなジャンルの人との出会いを大切にすることです。水泳だけをやっていると、視野が狭くなって、自分のことしか分からなくなり、壁にぶつかった時になかなかそれを越えることができません。学生の時に、自己ベストタイムが4年間更新できないことがありました。部活で空手をやっている友だちがいたので、そこに行って陸上トレーニングの一環として空手をやってみたら、足腰にすごくよい効果が出ました。また、競技分野は違っても、他の選手が悩んでいることや目標が分かり、とても刺激を受けました。

―大人になってからも、そうした経験がありますか。

マスコミやドクター、トレーナーなどスポーツ分野以外の人との出会いで、自分はとても応援されているということを感じます。また、いろいろな人と話をする中で、自分の思いを整理したり、再確認できたりします。人と話すことによって、競技面でも、生きていく上でも目標が見えてくるので、「出会いは成長の場」だと思っています。特に壁にぶつかると、逃げることばかり考えてしまうのですが、その時にいろいろな人と話をすることが壁を乗り越えるヒントになります。周りの人は、壁に対して見えないはしごをたくさんかけてくれているのです。けれども、それに気づくことができるかどうかは自分次第で、気づくには心を開き、普段から人を受け入れることが必要だと思っています。

画像: 日本水泳連盟理事 萩原 智子(はぎわら ともこ) プロフィール: 2000年シドニーオリンピック日本代表。 「ハギトモ」の愛称で親しまれ、01年世界選手権自由形リレー銅メダル。 02年日本選手権では史上初の個人4冠達成。 04年引退、09年に現役復帰、10年30歳で再度の日本代表。 11年病気の手術後、現役復帰、12年に第一線を退く。 現在はスポーツコメンテーター、水泳教室、講演活動などで活躍。 1児の母。

日本水泳連盟理事
萩原 智子(はぎわら ともこ)
プロフィール:
2000年シドニーオリンピック日本代表。
「ハギトモ」の愛称で親しまれ、01年世界選手権自由形リレー銅メダル。
02年日本選手権では史上初の個人4冠達成。
04年引退、09年に現役復帰、10年30歳で再度の日本代表。
11年病気の手術後、現役復帰、12年に第一線を退く。
現在はスポーツコメンテーター、水泳教室、講演活動などで活躍。
1児の母。

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